花の本棚

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小林由香 この限りある世界で

小林由香 「この限りある世界で」
小林さんの新刊が出ていたので買ってみました。

 



 
ある女性編集者が新人文学賞へある作家の作品を強く推薦した結果、その作品が受賞することとなった。しかしその後新人賞を受賞できなかったことを理由に他の候補作品の筆者である中学生の少女が同級生を殺害する事件が起きる。さらに受賞した作家がネット上で叩かれたことで自殺し、彼の家族から受賞がなければ息子は死ななかったと言われて女性編集者は大きなショックを受ける。
一方で少年院にて更生を手助けするボランティアをしている女性が犯行動機を次々と変える上記の少女の更生を手助けすることとなった。その少女は彼女に対して自分の本当の犯行動機を見つけたら更生プログラムを受ける、と言い始める、というお話。
 
人の再生をテーマにした作品です。
本作の見所は心理描写の上手さと綺麗さにあります。自分の仕事のせいで人が傷つき、否定された主人公の女性がどうにか立ち直ろうと苦悩しながら前に進んでいく姿はとても感動的でした。描写の量と質から少女の更生ではなくこちらがメインのようです。
他にも罪を犯した子供への寄り添い、ネットリンチなどといった社会問題について登場人物たちが考えを語る場面も多くありました。これらは副題的なものですが描写の仕方が上手いために「自分だったらどうするかな」と思わず考え込んでしまうような内容なので、ここも見所になると思います
帯にはミステリーと紹介されていますがミステリー要素はあまり多くないです。少女の犯行動機を探すのが話の本筋なのですがそこまで深くもないので話を面白くするために添えてある、という程度だと思っていただいてOKです。
 
本作では少女の本当の犯行動機を探すというお話になっています。読み物として犯行動機を探る話は面白いのですが、現実世界ですと私は犯行動機に注目する考え方が嫌いです。
理由はいくらでもウソをつくことが出来るからです。もちろん日本の警察が優秀なので動機のウソはすぐ見破れるかもしれませんが、そもそも動機によって量刑が上下しなければ嘘をつかないと考えると非効率過ぎるでしょう。今後の犯罪に関する分析に使うために動機を収集しておくのは賛成ですが量刑はもっと事実をベースに決めていった方が良いというのが私の考えです。
ここまでは犯罪の話をしてきましたが、現実の揉め事でも動機によって許されると考えている方が多くいます。動機を聞いて許す気になったことは一度もないので、今後も動機を聞くことはないでしょう。ミステリー小説と違って壮大で感動的な理由で揉め事を起こす人間は現実にはいないので聞かなくていいです。もっと起こった事実を基準にして物事を判断していかないと。時代が進むにつれて動機はどんどん巧妙に捏造されていくと私は考えています。
 
作中にて罪を犯した子供には寄り添うことを選んだ大人が手を差し伸べればよく、すべての人が寄り添うことはないと語るシーンがありました。この考え方は非常に良いと思いました。本作では少年院の子供たちについて言及していましたが、世の中にある支えが必要な属性の人々にも当てはまる考えとして有用でしょう。
どういう属性の人になら寄り添えるかはこれまでの人生経験に依存するため、それぞれが許せる属性の人に寄り添い、許せない属性は拒否していいと私は考えています。例えば私の場合、お年寄りに支援することには賛同しますが就職氷河期世代への支援については全面的に拒否します。これは私の今までの人生で就職氷河期世代から嫌な仕打ちを無数に受けてきた経験から来ている考えであり、「就職氷河期世代の中にも立派な人はいる」という事実があるとしても生理的に支援したくありません。なので就職氷河期世代を許せる人々に支援を任せてしまいましょう。という具合に自身の許容範囲である属性の人だけ支援するようにみんなが動けば、たいていの属性の人には支援が行き届くのではないでしょうか。もしこのやり方でも支援が行き届かない属性の人がいたとしら、その属性の人が全人類から拒否されているだけなので潔く滅びてもらいましょう。
近年のLGBTの問題などは「すべての人から全面的に賛同される」を目指すから問題が大きくなるのであって、「生活に困らない程度に許容される」あたりで妥協すればもう少し世間も受け入れやすくなるかもしれませんね。
 
本線の物語以外の部分でも思わず考えてしまうようなシーンが多くあるので、気になる方はぜひ読んでみてください。