花の本棚

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薬丸岳 罪の境界

薬丸岳 「罪の境界」
薬丸さんの新刊が出ていたので早速買ってみました。

 



 
主人公は通り魔事件の被害にあってしまった女性。その場に居合わせた男性がかばったために彼女は一命をとりとめたが、約束は守ったと伝えて欲しいと彼女に言い残して男性は亡くなってしまう。誰に伝えたい言葉かを探るために彼のことを知る人を探し始める。
一方で雑誌ライターの男性は通り魔事件を起こした犯人のことを調べていた。母親に虐待されて学校にすら通えなかったこと、その後施設で育ったことなど自身の過去と重なる部分が多くあったために、彼を題材としたノンフィクション作品を書くことを決める、というお話。
 
困窮者による犯罪をテーマにした作品となります。
社会から疎外されたり、生きる希望を持てない人たちが凶悪な犯罪を起こすことが以前よりも増えている一方で、同じ状況でも犯罪に走らずに何とか生きている人々もいてその違いは何なのかをリアルに描いています。両者の分かれ目になるのはどういった考え方によるのかが非常に上手く描かれているのが本作の見所となります。この罪を犯して人に戻れなくなる一線のことをタイトルである「罪の境界」と表現していました。同じ苦しい状況でもまっとうに生きている人がいるのだから甘えるな、と切り捨て続けてきた結果が現代のような凶悪犯罪を生んでいるのだとしたら本当にそれだけでいいのだろうかと色々なことを考えてしまいました。作中で何とか犯罪に走らずに生きていきてこられた女性が当時を「人であることで精一杯だった」と言い表していたのが印象的でした。
上記以外にも主人公の女性が事件の傷痕から立ち直ろうと奮闘する姿が立派で惹きつけられる描写となっていたりと読んでいて面白い部分が多くありました。
 
作中では罪の境界を踏み越えてしまう人と踏み止まれた人の違いについて描かれていました。具体的な言及されてはいませんでしたが、自分のことを大切に思ってくれている人がいると当人が気づけるかどうかだと読み取りました。
かつて職場のOJTを殺害しようとして踏み止まれた側の人間なのでその当時の状況の参考にして考えるとおそらくこれは正しいと思います。ポイントになるのはそういった人がいたかではなく本人がそれを苦しい状況でも認識できるかどうかです。苦しい状況になると人間は視野や考える範囲がどんどん狭くなっていき、普段は認識できている家族や友人などのことが次々と抜け落ちてしまいます。私もそうでしたが犯行に走っている最後のときには自分と殺害対象以外は何も目に入っていなかった気がします、実を言うと状況が極限過ぎたせいかその時どうやって犯行に及ばずに当日会社で仕事して帰宅したのかほとんど覚えていません。犯行に及べなかった理由は怨嗟の刷り込みが足りなかったからだと私は考えていたのですが、正確には大切にされていたという刷り込みの方が怨嗟よりも深かったからなのではと本作を読んで思いました。
そう考えると、日頃から相手が認識できるように思いを伝えるのが大事なのだとあらためて思いますね。
 
今の自分の状況ちょっと苦しいかも、と思う方々にぜひ読んでいただきたいです。この作品から伝わってくるものから考えるきっかけになると思います。
 
この投稿が今年最後になりそうです。
一年間お付き合いいただきありがとうございました、良いお年を!