花の本棚

読んだ本の感想や考えたことを書いています

市川憂人 灰かぶりの夕海

市川憂人 「灰かぶりの夕海」
市川さんの新刊が出ていたので読んでみました。
 


主人公の男性は配達の仕事中に倒れている女性を発見する。その女性はかつて亡くなった恋人と瓜二つであり、名乗った名前も同じであった。明らかに怪しいが放っておくこともできず、彼女を自宅に住まわせ同じ職場で働いてもらうことにした。
あるときかつての恩師の家に配達に向かうと家の中では亡くなったはずの恩師の妻とそっくりな女性が殺害されていた。恩師は家におらず所在不明であるため犯人と目されていたが、数日後に遺体で発見され死亡時期は女性の死亡より前であることが判明する。
亡くなった人間と似た人が二人も現れるこの世界はいったいどうなっているのか?というお話。
 
どのジャンルなのか少々迷いますがミステリー風のSF系の作品になると思います。
市川さんには珍しくSFテイストの強い内容となっており、ミステリー部分にもその設定が影響しています。読んでみるとSFとミステリーの絡ませ方が非常に上手くて楽しめる作品でした。
本作のミステリー部分は恩師の家での事件の犯人と、そっくりな女性二人の正体の2つがメインとなります。どちらも真相にはSF部分が重要になってくるため、自力で推理しようとすると少々難しくなります。ということと個人的にはSF設定の部分が面白かったので推理せずにそちらを楽しむようにするのをお勧めします。
 
SF系の作品も好きという方は是非読んでみてください

西尾潤 無年金者ちとせの告白

西尾潤 「無年金者ちとせの告白」
他のブロガーさんがこちらの作品を紹介していたので読んでみました

 



 
主人公のちとせが勤めるパーキングエリアは年齢不問で雇ってもらえるために従業員のほとんどが高齢者であった。そんな条件でも働き続ける高齢者たちは引きこもりの子供がいる、年金も医療保険もないなど当然のように生活が困窮する事情を抱えていた。パーキングエリアの駐車場には行き場がないために車中泊で生活する者たちも集まっており、時折車内で亡くなっているのが見つかるという状況であった。
あるとき元夫が亡くなったために保険金が入る可能性がある、と当時の保険会社の者から連絡が来る、というお話
 
困窮する高齢者たちの生活を描いたドキュメンタリー風の作品となります。帯には「老女たちによる完全犯罪」と書いてあったのですが、内容からみるとミステリー作品ではありませんでした。
高齢者というと年金が今の若い世代がもらうタイミングよりも多くもらえるから悠々自適なのではと考えられることもありますが、こういった実情の高齢者もいるということを描いています。そういった方々が日々の生活の中で何を考え、いつ体が動かなくなるかわからない不安を抱えながら生きている姿はとてもリアルでした。
また高齢者に関する社会問題についても描写があり老々介護や8050問題といったものにもフォーカスが当たっていました。このあたりも読むとためになる部分でした。
 
作中にて歳を重ねていくごとに寂しさに耐えられなくなる、という描写が多くありました。高齢になると皆がそうなる、という描き方をしていましたがおそらく違うだろうと考えています。
歳を重ねると耐え難かった物事がさらに耐えられなくなっていく、というのが正確な表現でしょう。現代の高齢者が寂しさに耐えられないのは時代背景として一人で生きるという発想が乏しかったせいと見ています。今の若い世代は一人で過ごすことが快適、あるいは慣れている人が多いので、何十年かあとになったら寂しさに強い高齢者がたくさん現れると思います。その代わりに出てくると私が予想しているのは承認欲求や自己顕示欲に飢えた高齢者です。こういった高齢者にどうやって対処していくのが良いかは私も画期的なアイディアがないのですが、おそらく上記のタイプの高齢者は多大に誇張した武勇伝を話し続けると予想されるので大げさな武勇伝を聞き続けても疲弊しないAIロボットに話し相手をさせるとかうまくいきそうな気がします。
 
想像していた内容とは違いましたが、こういった内容だとふまえてであれば楽しめると思います。

月原渉 九龍城の殺人

月原渉 「九龍城の殺人」
月原さんの新刊が出ていたので買ってみました。

 



 
主人公の女性は裏組織を取り仕切る祖母に母の遺骨を届けるために香港に向かう。香港で知り合った同世代の女性2人と友人になるが、そのうちの一人が貧困のために自ら身売りをしてしまう。彼女を追いかけて「九龍城」という非合法に人身売買をする組織の施設に潜入し、祖母の名を借りて城の主と交渉しようとしたが城の長が浴室で殺害されているのを発見してしまう。
第一発見者である自分と友人の容疑を晴らすために事件の真相を探るというお話。
 
推理面を重視したミステリー作品となります。月原さんの館シリーズの続きなのかと思ったのですがこちらは別物でした。
ミステリーとして非常に良くできた作品でした。事件の犯人、犯行方法、動機を推理する手がかりとそれらのつながりが上手くできており、納得感も高い内容でした。自力で推理しようとする場合は物証だけでなく心理的な要因や時代背景なども考える必要があるため、奥が深くて楽しめると思います。それでいて推理すべき部分を描写によって限定してくれているので余計な部分に気を回さなくてよくなっているのも良い点です。
殺人事件の真相の他にも謎となっている部分が多くあり、事件以外のところにも驚きの展開があるので推理せずに読んでも楽しめる内容になっています。
また本作では部隊がかつての九龍城であるため香港の貧困から発生する問題についても描かれています。一昔前の話なのですが内容を見ると問題そのものは変わらず別の場所で発生しているのでは、という印象を受けました。このあたりも読んでいてためになる部分でした。
 
推理するのが好きな方にはおススメできる作品でした。気になる方は読んでみてください。

阿津川辰海 録音された誘拐

阿津川辰海 「録音された誘拐」
阿津川さんの新刊で面白そうな作品があったので買ってみました。
 


ある探偵事務所長が誘拐される事件が発生する。その日は彼の家族が集まってホームパーティーをしていたため、犯人からの接触を一族で待つ形となった。そのときちょうど探偵事務所助手の女性が彼の家を訪ねていて、彼女の持つ特異な聴力で依頼を解決してきたことから事件解決のために協力することとなる。その実力は本物で誘拐の瞬間を録音した音声を聞いただけで犯人の仕掛けたトリックを次々と見破っていくが、聴力以外にも何か秘密があるようであった。
誘拐犯は何者で、その目的は何なのかを探るというお話。
 
超能力的な要素の入ったミステリー作品となります。
ミステリーとしての質がとても高い作品です。話のあらゆるところに犯行のトリック、別の事件とのつながりなどへの伏線が用意されており、それらのつなぎ方が非常に上手いため面白い。個人的な一番の見所は誘拐されている所長と助手がどうやって犯人を推理していたか、という点でした。また中盤~終盤にかけて真相が分かるごとに展開がどんどん変わっていくので420ページほどの長さですが最後まで飽きずに楽しめます。
本作は推理できる謎の箇所がいくつもあります。いずれもよく読めば自力で推理できるものになってはいるのですが、全部やろうとすると大変なので推理したい方は対象をいくつかに絞るのがよいでしょう。
 
作中にて誘拐を請け負った人物がお金に興味がないといいつつ依頼人から依頼料を取っていることを指摘されるシーンがありました。それに対しての彼の主張は「金額を見せることで事の重大さを見せつけている」というものでした。
この考え方は全面的に同意できました。換算方法は色々ありますがお金という共通の物体に置き換えると認識が合いやすいのは間違いないです。社会人をやっていると数値化できなくて困る場面が割とあるので、何とかしてお金に換算できないかな?という発想は持っていると役に立つでしょう。
ちなみに私も同じようなことを過去にやったことがあります。それはパワハラをお金に換算するとどうなるか?というものでして、強引でありつつも結構な自信作なので紹介しましょう。
パワハラ」は攻撃する側の視点で言い換えると「相手を傷付けて気持ち良くなる行為」となります。こういった行為をさせてくれる似たようなサービスは「SM風俗 S向けコース」となります。私の会社の最寄り駅で調べたところ「SM風俗 S向けコース」の料金は1時間2万円でした。つまりパワハラ1時間は2万円の価値があり、年間2000時間労働しているとしたら年4000万円です。成人の生命保険の設定額で多いのは3000~5000万円なので、パワハラを1年受けたらおよそ命と等価になるので攻撃側を殺してもいいというのが私の結論です。
いかがでしょうか?こんな感じで金額化するとどれくらい重大なのかが見えて良いですよね。
 
私の好みに合う作品だったのでシリーズとして続くといいなと期待しています。
気になる方は是非読んでみてください。

未須本有生 ミステリーは非日常とともに!

未須本有生 「ミステリーは非日常とともに!」
以前読んだ「天空の密室」が面白かったので未須本さんの別の作品を読んでみました。
 


ミステリー作家が豪華客船上にてファンとの交流会を開催することとなった。イベントとして客船特有のトリックをファンの前で披露することを依頼される。船に関する知識がまったくない彼はかつて航空機に関わっていて工学知識のある友人とともに参加してトリックを考えることにするというが前半のお話。
後半は主人公が買った古い車を修理してくれている業者に自動車にまつわる事件について友人の刑事が知識を借りに行くというお話。
 
工学系の知識を使ったミステリー作品となります。
上に書いた内容は前半部分であり、船にまつわる工学知識や客船の運行の仕方などによるトリックが書かれています。後半部分は自動車に関する工学知識にて犯人は車をどう使って事件を起こしていたのかを推理するというお話になります。
どちらの章も工学系の知識を使っているため読んでいるだけでためになり面白いです。「天空の密室」もそうでしたが技術に関する説明が非常に分かりやすいため、理系方面に詳しくない方でも理解やすいのではないかと思います。
なお自力で推理するには工学系に詳しくないとほぼ無理だと思うのでそちらに詳しい方以外は推理せず読んだ方が楽しめるでしょう。
 
作中の第二部に登場する車修理屋によると車離れが深刻なので不正な改造の依頼も引き受けざる負えない同業者もいるという話がありました。
〇〇離れという表現は色々なコンテンツで最近聞くようになりました。車離れに関しては単に現代人にお金がないだけともいわれていますが、私なりに別の方面から理由を考えてみました。
移動手段として考えたときに現在の他の交通機関と比べて自家用車の持つ利点はいくつかありますが、私が思う一番の利点はお金ではなく車内でマナーを気にしなくていいことです。喫煙、乗車姿勢、飲食など所有者が許せば何をしてもOKと言えます。他の交通機関では周囲の乗客を気にしてこれらは制限されるため、日頃からマナー順守を息苦しく感じる人には自家用車の方が好都合です。一方で私が知る限り、マナーを守る度合いはお金の余裕と比例します。ということはマナーに関する利点を得たい人はそんなにお金を持っていない傾向にあると言えるでしょう。
現代では車そのものも高い傾向にあり、その維持費も上昇しています。そうなると上記の属性の人の実情とマーケティングが嚙み合ってないので、車から離れてしまったのではないでしょうか。私から見ると自家用車の利点はどれも重要でないので買う気はまったく湧きません。
ちなみに高級車に関しては「持っているだけで周囲にマウントが取れる」という昔からの需要が今もあるので高級車離れはそれほど起きていないだろうと見ています。
 
工学的なミステリーという変わった作品ですので気になる方は読んでみてください。

久坂部羊 R.I.P. 安らかに眠れ

久坂部羊R.I.P. 安らかに眠れ」
久坂部さんの作品で気になるものを見つけたので読んでみました。

 



 
主人公の兄が3人の自殺志願者を殺害した事件の裁判を傍聴していた。自身に対してあれほど優しかった兄だが殺害に関してまるで罪悪感を持っていないと取れる発言をするだけでなく、自殺を望む人に生きるように言うことを否定する主張を繰り返すばかりであった。
兄が変わってしまった理由を知るために被害者の遺族や兄のことを知る親戚などから聞き込みをする、というお話。
 
自殺をテーマとした社会問題系の作品となります。
暗いテーマではありますが自殺大国と言われてしまっている日本にいる以上は避けるわけにもいきません。本作の印象は作中の殺人犯の自殺に対する考え方にどれくらい共感するかでおそらく変わります。彼の主張は感情で言えば受け入れがたい異様な部分が多いですが、理屈として通っている部分もあるという内容になっています。読む人によってはショックを受ける可能性もありそうです。私は彼の考え方に全面的に同意しつつも、一般的には受け入れがたいとは思うのでこんな考えもあるということが少しでも広まれば良いなと考えながら読んでいました。 
他にも同じ経験をしても生きられる人とそうでない人はどう違うのか、安楽死についてどう考えるか、など生死を中心とした話題が取り上げられているので終始暗いテーマにはなりますが読んでいてためになりました。
 
自殺した人を想っている遺族は実際に自殺を止める行動をしていなかったのだから、その気持ちは無意味であり殺害という行動を起こした自分の方が有益だと作中では主張されていました。
この考え方は残酷ではありますが正しい主張だと思います。行動を起こした者同士であれば結果やプロセスからどちらが正しかったかを議論できますが、行動していない人は行動の時を逸したという点で価値のない人になります。特に自殺のような逃すと次はもうないと明白な事態で行動を起こせないのは実力と覚悟の不足による完全な自己責任と見てよいでしょう。行動に表れない思いはないのと同じ、と私は日頃から考えているので思うことがあるのなら迷わず行動するようにしています。長年生きていれば自分がどういった行動をやらなかったとき後悔するかは統計が取れているので、やっぱりやらなければよかった…となることはまずありません。
作中の解説によるとこういった考え方は「結果至上主義」といい、サイコパスの特徴の一つだそうです。私が作中の殺人犯に全面的に同意していたのも似た者同士だったからかもしれませんね。
 
内容自体はとてもためになると思いますので気になる方は読んでみてください。

織守きょうや 301号室の聖者

織守きょうや 「301号室の聖者」
先日読んだ「少女は鳥籠で眠らない」の続編がちょうど新しく文庫で出ていたので読んでみました。
 


主人公の新人弁護士は医療過誤の案件を担当することとなった。病棟を訪れると治療できる見込みのない患者も多く入院していることを知り、二か月前から入院している少女と出会う。案件のために聞き込みをするとその病棟は手一杯の状況で患者のケアが十分ではなく、スタッフも心苦しく感じており預けている患者家族もそれを汲み取っているという状況であった。しかしその後最初の事故現場である301号室にて患者が立て続けに不慮の事故で亡くなってしまう、というお話。
 
「少女は鳥籠で眠らない」の続編となります。前作は短編集でしたが本作は長編です。
長編になったことで心理描写と社会問題の描写が増えていて前作とは違った面白さがありました。回復の見込みがなく死を先延ばしにしているような状態の患者に対して医療スタッフや家族は何を思い、どう向き合っていくのかという描写のうまさは本作の見所の一つでした。
法律に関するミステリーの部分は後半から出てきます。一見事故に見える患者たちの死亡の真相には法律が絡む思惑がある、という流れになっていてこの辺りは前作から引き続き本シリーズの見所として楽しめる部分でした。
 
作中にて医療スタッフに対して患者の数が多くてケアが行き届かないという問題を描いていました。私は医療方面の事情は詳しくないですが、全体を見ると今後医療スタッフはどんどん足りなくなるだろうと思っています。
昔であれば死んでしまう弱者も生きられるようになったのは医療が発展したから、という考え方があるようです。これが正しいとすると、病院にお世話になる人は発展すればするほど増えていくことになります。一方で医療施設のキャパシティが増加するような発展はほとんど聞きません。つまりキャパシティ(社員数)はそのままで仕事量だけは肥大するというどの企業にもありがちな状況が発生します。
こうなったときによくある対処法は仕事に対して優先順位を付けて低いものはやらない、となるのですが医療に当てはめると優先度の低い患者をケアしないという話になってしまいます。その先にあるのは治療してもらうために弱者同士で弱さ争いをしたり、金になる治療が優先されたりとあまりよくない優先順位決めが起きると想像してしまいます。
私は病院にお世話になったことがないので医療現場がどれくらい大変かは見たことないのですが、多種多様な弱者を増やしすぎた反動が現れ始めているのではないかと思っています。
 
前作よりも心理描写に重きを置いた内容になっていますので、気になる方は読んでみてください。