花の本棚

読んだ本の感想や考えたことを書いています

遠藤かたる 推しの殺人

遠藤かたる 「推しの殺人」
第22回『このミス』大賞・文庫グランプリを受賞した作品になったこちらを読んでみました。

 



 
主人公は地下アイドルとして活動する女性。コロナの影響によりどの事務所も経営が厳しく、メンバーたちは汚れ役のような接待もしなくては生き残れない状況であった。
あるときグループメンバーの一人が秘かに交際していた所属事務所の社長を殺害してしまう。今のメンバーでアイドルを続けたいという想いから、社長の遺体を山に埋めることになった。事件をきっかけにメンバー間での絆が強まり人気も上がり始めたが、事件が露呈することに怯える日々であったというお話。
 
アイドル業界を舞台としたエンターテインメント系のミステリー作品となります。
本作は主人公が犯人側なのでいかに事件への関与がバレないように振舞うかという内容です。そういった内容なのでミステリーというよりはエンターテインメント系に近いでしょう。本作の見所は読みやすさとテンポの良さになります。次々と展開が変わっていくのであっという間に最後まで読めます。そういった意味で気軽に手を出せるのが良い点になると思われます。
またアイドル業界に関する実情についても詳しく描かれています。去年ジャニーズ事務所の件が話題になりましたがあれも上位のごく一部であって、その下には闇の深い部分が多くある業界だと知れたのはためになりました。
 
本作のタイトルが「推しの殺人」なので推し活の話が出てくるのかと考えていたのですが、それについてはあまり描写がありませんでした。
私は「推し活」というのを実は未だによく分かっていません。特定の人の楽曲を買って聞いたことがありますが、これはただのファンであって世間でいう「推し活」はもっと深いところにありそうだという印象です。
知っている範囲で考えると、私は性格的に「推し活」には向いてなさそうな感じがします。というのも特定の個人や団体に長期間熱量を注げる性格ではなく、新しい面白そうなものを見つけると移って行ってしまうタイプだからです。読書に対しても「一人の作家さんの全作品を読破しよう」とは考えたことがなく、書店で見かけたものやamazonのおすすめでパッと現れた作品から面白そうと感じ取ったら買うようになっています。
これらは好きなものに対しての向き合い方なので良し悪しで考えてはいませんが、「推し活」は今トレンドのようなのでどんなものかは知っておくといいかも、くらいに考えています。
 
雰囲気が軽くて読みやすいので、気になる方は気軽にチェックしてみてください。

岡崎琢磨 鏡の国

岡崎琢磨 「鏡の国」
書店で平積みされていたのが気になったので買ってみました。
 


亡くなった大物作家が残した遺稿「鏡の国」が発見された。デビュー前に完成させたこの作品は自身の経験を書いたノンフィクションであり、それを死の目前に修正したものであった。その中には身体醜形障害を発症して悩む姿や、自身の不注意のせいで顔に火傷を負ってアイドルの夢を絶たれた友人との再会といった、作家になってからの人物像とは違う姿が多く書かれていた。
著作権継承者である作家の姪は出版前の確認としてその作品を読むのだが、この作品には意図的に削除したエピソードがあるだろうと先に目を通していた編集担当は指摘する。削除されたエピソードは本当にあるのか?あるとしたらなぜ削除されたのかを考える、というお話。
 
ルッキズムをテーマにした社会系のミステリー作品となります。帯などにはミステリー作品として紹介されていますが、内容を見るとルッキズムに関する部分の方がメインのようでした。
SNSやネット配信、加工アプリなどにより見た目の良い人が世の中に溢れかえっているように錯覚してしまう現代では外見に関する社会問題が多くあることを描いています。外見を気にしすぎて社会生活を送れなくなってしまう身体醜形障害、人の顔を認識できない相貌失認といった外見に関わる疾患を持つ人々の生活を詳しく描いているため、読んでいて非常にためになりました。これらに共通するのは周囲の人々から「自虐風自慢」や「そんなことないよ待ちアピール」と取られてしまい反感を買うことが多く、一人で悩みを抱え込む傾向にあるそうなので気を付けたいですね。
ミステリー面については終盤の大きな展開がそれにあたります。これについては普通に読み進めれば大方予想がつくので頑張って推理するほどではありません。物語を面白くするために添えてある、という程度の認識でOKでしょう。
 
作中にていつかは失われると決まっているものに自分の一番の価値を置いてはいけない、と登場する精神科医が話していました。身体醜形障害と診断された女性に対して語っていたのですが、これは私も正しいと考えています。
外見を武器にして仕事をしている人は私の周囲にはさすがにいませんが、高残業をして仕事を終わらせることを武器にしている人なら何人も見たことがあります。若い時であれば体力と気力に物を言わせて高残業を得意としてもいいですが、その二つは加齢によりいつか必ず失われます。不思議なことにこの自然の摂理が自分には来ないと過信している社会人は想像以上に多くいます。だからこそ体力と気力があるうちに勉強や経験を重ねて別の価値に乗り換えていく必要があるのでしょう。
私が今の職場で価値を置かれている理由として年齢のわりに体力と気力が充実している点があると自覚しています。ただこのまま体力自慢で売り込み続けると先がないので、主力は別に用意しておき体力勝負「も」強いとすれば良い価値になるだろうと踏んでいます。
 
ルッキズムの問題は現代社会では大きいなものなので、気になる方はチェックしてみてください。

杉井光 世界でいちばん透きとおった物語

杉井光 「世界でいちばん透きとおった物語」
昨年の話題になって気になっていた作品を買ってみました。

 



 
主人公の男性は有名ミステリ作家の隠し子であった。産まれてから一度も父には会ったことがなかったが、あるとき父が亡くなったと彼の正式な息子から知らされる。彼が言うには父は最後の作品として「世界でいちばん透きとおった物語」と名付けた小説を書いていた形跡が見つかったらしく、その原稿を探して欲しいと依頼される。
父と交際していた女性や最後の作品に関わったであろう人たちと会い、原稿を探すのと同時に父のことを知り始めるというお話。
 
エンターテインメント系の作品となります。
本作一番の見所は帯にも書かれている「紙の本でしか体験できない感動」の部分です。おそらくこれをやるために物語の流れや登場するキャラクターの設定などを作っていったのでしょう。それだけ注力して作られているだけあって非常に感心させられました。
他の部分はどうなのかというと、物語が進むにつれて父親に対する認識が変わっていく主人公の心情変化が上手く描かれている点が見所だと思います。最初は自分のことを見捨てたというのみだった考えが関係者に合うにつれて変わっていく描写は本作の面白い点になるでしょう。
 
作中で主人公の父が「本を読まない女は頭が悪いから嫌い」と考えていると描いていました。考えてみるとこの主張には同意できる部分が多いと私は思います。
「から嫌い」の部分は個人の趣向なので置いておくとして、「本を読まない人は頭が悪い」は現在私がいる職場でも体感しています。「本を読まない」はどういう意味かと言うと、自主的に新しい情報を得ていないことを意味します。当たり前の話ですが一般的な人間は自分が経験したことや知っている範囲内でしか考えることが出来ないので、本を読まないとは知っている範囲が狭くなり経験だよりになります。
具体的に私が職場で見たケースをお話すると、本を読まない人に意見を聞くと「過去の担当業務につながっている」場合は意見が出てくるので優秀です。ところが新しい試みなど先が見えない領域や立場によって見方が違って正解が定まらないような議題で意見を聞くと「人による」とか「これは難しいね」という毒にも薬にもならぬ意見しか出さなくなります。こういった経験でしか考えられなくなることを「頭が悪い」と定義するとしたら、「本を読まない人は頭が悪い」は正しいだろうと私は考えています。
「本を読まなくても知識が豊富な人もいるだろ」という反論がありそうですが、その人は本でない別の何かで知識を得ているだけなので本質的には本を読む人と一緒です。あくまで「本を読む」は手段であって新しい知識を得るための行動なら全部同じです。
 
本好きな人なら読む価値がある作品なので、ぜひチェックしてみてください。