花の本棚

読んだ本の感想や考えたことを書いています

野宮有 殺し屋の営業術

野宮有 「殺し屋の営業術」
あらすじを読んで面白そうだったので買ってみました。先日発表された2026年本屋大賞ノミネート10作にも選出されていましたね。

 



 
主人公の営業マンはある顧客に呼び出されて訪問すると、殺し屋二人が顧客を殺害している現場に遭遇してしまう。自身も殺される寸前、彼らが殺しの依頼受注が上手くいっていないことを話していたのを聞き、殺しを売り込む営業として自分を雇わないかと申し出る。
営業として雇われることには成功したが、彼らは二週間で2億円を稼がないとバックの組織に抹殺されることになっており絶体絶命な状況には変わりなかった。日頃からぎりぎりアウトな営業でトップを取り続けてきた主人公は今までにない高揚感を覚え、殺し屋を売り込む営業を開始するというお話
 
エンターテインメント系の作品となります。帯には必読ミステリーと書いてありましたが、エンタメ系という印象でした。
本作の見所は殺しをサービスとして売り込むとどんな感じになるか、という舞台が面白いことです。「営業術」とタイトルにあるように、営業マンが実際に使用するテクニックなどを殺しというサービスを売り込むことに使用しています。お客様がサービス(殺し)に何を求めている分析する、競合(他の殺し屋)を蹴落とす、といったことを大真面目に、非常に面白く描いているので読んでいて楽しいです。
帯に書かれていたミステリー部分については、あまり気にしなくて良いです。終盤に少しだけあるのですが、ミステリーというよりは営業としての駆け引きになるので謎を解いたりするわけではありません。
ちなみに、登場する殺し屋によると殺しの相場は殺害だけなら3~400万、死体処理込みコースだと1000万円くらいだそうです。お値段だけ見ると意外と安いなと思ってしまいました。みんなでお金持ち寄って職場の有害なメンバーを殺害してもらう、が出来そうなくらいのお値段だ、という印象でした。
 
作中にて主人公があらゆる商材で必要なことは相手に安心を与えられるかどうかだ、と語っていました。
このサービスを使えば今直面している問題から解放されて安心を得られる、などサービスの質よりも安心が得られると思わせられるかが大事なのだそうです。
この考え方は共感できました。私は商品やサービスを売り込む仕事はしていませんが、チーム内の誰に業務を依頼するか?と管理職の方が考えるにあたって安心が重要なことは認識しています。
このケースでいう私が管理職に提供する「安心」は何かというと、想定した納期通りに、想定した質以上で業務を完了するかの二点です。最近分かったことなのですが、私の職場では後者よりも前者の「想定した納期通り」が難しい。理由は急に休む人が増えすぎたからです。職場が高齢化し健康面に難のある人や、晩婚して高齢ながら子育てをする人が増え、それらの理由で休むことを会社側は認めなくてはいけない社会的なニーズが出てきてしました。
それに対し、健康面と家庭面どちらにおいても急に休む理由を持たない私のような社員は「想定した納期通り」を達成しやすい「安心」があると言えます。仮に「想定した納期通り」を守れなかった時も、責任追及や罵倒もし放題で「安心して」全面的に責任を押し付けられるという別の「安心」も完備という、まさに好条件なサービスと言えるでしょう。子育てや体調不良で言い訳されたらこうはいきませんからね。
こういった考えから、私の提供する働きは「安心」でいっぱいだから管理職の方も使いやすいのだろう、と見ています。
 
エンタメ系として面白い作品でしたので、気になる方はチェックしてみてください。

 

高橋克徳 静かに分断する職場

高橋克徳 「静かに分断する職場」
2026年1月に私の会社にて全社を巻き込んだとある組織が起点となる大きな問題が発生しました。それについて上司から説明されたときに「あの組織も一枚岩ではないから」とコメントしていました。
一枚岩になれない組織だとこんな大きな問題引き起こすなら対策しておかないと危険すぎると考えて、本書を買ってみました。
1on1や心理的安全性など社員たちが本音を言えるような機会や雰囲気を作る施策が近年では流行っている。しかしこれらをいくら実施しても「本音を言っても無駄」と諦めた社員たちは何も変わらず、職場が「静かに分断」していく、と主張した書籍となります。

 



 
大項目と一言のまとめは以下となります
①静かな分断とは
 「話さない」「助け合わない」といった分断状態になり明らかに問題があるのは明白だが、誰も本音を言わないので管理者も含め原因が分からない/踏み込めない状況。
 本音を言わない点は心理的安全性と同じだが、至るまでの過程に違いがある。
②職場における分断が近年加速した理由
 コロナ禍によるリモートワークの扱いが大きな要因となっている。
 コロナでリモートワークができるようになるなど働き方が変わった→コロナが収束して元に戻された、という動きをした会社は少なくない。
 「世界的な災厄でさえうちの会社を変えることができない」と会社に失望し諦める人が激増した
③分断はそもそも問題なのか?
 エンゲージメントの観点で考えると、起きて問題ない分断とそうでない分断があるとデータが出ている
 問題ない分断:同僚や同期、他部署といった「横の分断」は起きてもエンゲージメントは低下しない
 問題ある分断:メンバーと上司、管理職と役員といった「縦の分断」は起きるとエンゲージメントが2~3割低下する
④リーダーや管理職に昇格するのを拒否するメンバーが多い理由と、その危険性
 会社が強要するリーダーや管理職の姿がメンバーがなりたい姿と合っていないから。
 リーダーや管理職に昇格したがらないメンバーが増えることと③に書いた「縦の分断」が起きる頻度は比例するので危険である。
⑤分断を超えるためにはどうすればいいか
 ③に書いた問題ない分断が起きつつもどう乗り越えるか、を紹介している。
 本音を聞く前に作るべき環境の作り方、本音をどう聞くか、といったが紹介されていた。
 
といった内容になります。
働き方に関する最近の問題点が多く網羅されているので、読んでいてためになりました。「静かな退職」「管理職の罰ゲーム化」「リモートワークの縮小による退職」といった近年トレンドになっている点に言及されていて、それらに共通する原因の一つが「静かな分断」だというのが本書の主張でした。
実際に「静かな分断」をどう超えるかも⑤のところに書いています。この部分は管理職向けになりますが、知っておくと管理職の気持ちが分かったり手助けにつながったりと良いことがあるかもしれません。ちなみに冒頭に書いた「大きな問題」が本書の内容で防げたり軽減できたりしたかと言われると、もう少し穏便な流れで問題発生に至れたかもという印象でした。
個人的に面白かったのは③の話。「メンタル不調になるので、同僚Aさんと関わる仕事をすべて拒否させていただきます」と上司に伝える「露骨な分断」であれば私もやっているので、むしろドンドン発生させるべきだと思っています。しかし本書で問題にしている「静かな分断」は何の改善にもつながらないため、この種の分断は問題だろうと認識をあらためました。また「横の分断」は問題ないけど「縦の分断」は問題、というのも納得出来ました。私が何度か分断を起こしていたのは、どれも「横の分断」だったから問題にならないのだろうと分かったので読んでみて良かったです。
 
難しい内容は書かれていないので、気になる方は気軽にチェックしてみてください。

 

下村敦史 暗闇法廷

下村敦史 「暗闇法廷」
下村さんの新刊が面白そうだったので買ってみました。

 



 
後天的に障害を抱える人々を支援する施設にて施設長が殺害された。容疑者は施設の入所者の一人である全盲の女性であり、主人公が弁護を担当することになった。現場に施設職員が駆けつけた時に現場には施設長の死体と彼女しかいなかったために容疑者となっているが否認しており、全盲の彼女を部屋まで来させたこと、全盲の人間が成人男性を殺害するのは困難など不可解な点が多くある事件であった。
事件の真相を探ろうとするが、有力な証人である施設の入所者たちは耳が聞こえない、声が出せないなど出廷してもらうにしても一癖ある人たちばかりであった、というお話。
 
後天的障害者をテーマにしたミステリー作品となります。あらすじを読むと同著者の「闇に香る嘘」を思い出しますね。
本作はミステリーとして非常に質が高くて面白いのが見所となります。容疑者は本当に冤罪なのか?冤罪だとしたら犯人は誰なのか?目的は?といった謎が次々と現れ、それらを解き明かしていく流れは面白い。解き明かすための重要人物たちも何かしらの後天的障害を持っている、といった本書独自の設定が上手く使われていました。自力で解こうとすると難しそうですが、自分で推理して真相を探ってみても楽しめるでしょう。
また情報が開示されていくにつれて展開が二転三転していきつつも、テンポよく進んでいくので意外にサクッと読めます。気軽に手に取ってみてOKです。
 
作中にて、主人公が裁判員たちを見て「メディアで報じている情報を鵜呑みにして騙されない」という姿勢があることに安心しているシーンがありました。
描写自体は「他の情報源に左右されない」という設定のために使われているので良いと思います。
ですが、それとは別にして「普通なら~~する。けど私は~~しない」としないことをアイデンティティにして誇示するのは嫌いです。「私は失敗しない」「私は騙されない」と種類は色々ありますが、共通することとしてやむを得ずそれをしてしまう、してしまったことに後から気づく、といった場面が誰しもあるのが問題です。そのときに「~~しない」をアイデンティティにしている人たちは、アイデンティティを守るためにその行為の正当性を長々と主張します。要するに長々と言い訳を周囲にアピールするということです。こんなものを聞いて「そんな理由だったとは、流石です!」と好意的に取る人は絶対にいないでしょう。これだけでも大迷惑ですが、騙されてしまったことを認めたくなくて「自分は騙されていない」と往生際の悪い態度を取るとなったら目も当てられません。だったら最初から「そういったこともあるよね」というスタンスでいた方が平和でしょう。
これと似た話で、他の人の書評を見た時に「いい作品でした。私は騙されませんでしたが」と書いているのがたまにあります。書籍の品質をダシにして自分を誇示するのはダサいから避けたいですね。
 
下村さんの作品は題材が面白いものが多いので、気になる方はこちらもチェックしてみてください。