花の本棚

読んだ本の感想や考えたことを書いています

翔田寛 黙秘犯

翔田寛 「黙秘犯」
あらすじ書きになって買ってみました。
 

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大学生の男性が殺害された事件の容疑者が取り調べで完全黙秘をしていた。現場の物証はいずれも彼が犯人と物語っていたが、彼を知る人たちからは事件を起こすような人間性はまったく報告されない。そのことに違和感を覚えた刑事たちが真相を探るというお話。
 
正統派な刑事小説でした。
刑事物にしては捜査関係にあまりフォーカスが当たっておらず、容疑者の人間性を中心に描かれているので面白く読めました。ただ、あらすじを読んだ時は黙秘の部分で何か特殊な点があるのかと思っていたのですが、その点では特に目新しいものはありませんでした。
刑事物が嫌いだと断言していた私が読み切ってなお面白かったと感じるようになったのは一つ進歩したかなと思います。前に「捜査会議は刑事小説で一番要らない」と書きましたが、これまでの経緯のまとめとして読むと意味はあると気づきました。
 
熱血な刑事物はちょっと…という人にも読める作品です。

小林由香 イノセンス

小林由香 「イノセンス
小林さんの新刊が出ていたので買ってみました。
 

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主人公の学生はかつて暴漢に襲われているところを助けてくれた男性を見捨てて逃げてしまった。その結果男性は死亡し、見捨てた彼は被害者にも関わらず世間から誹謗中傷を受けることになる。月日が経ち大学に入学し、バイト先などで親しくしてくれる人物がいても当時の罪悪感からまともに接することが出来なくなっていた。一方でかつての事件の加害者が次々と死亡していることを知り、次は自分なのではと怯えながら生活することとなる、というお話。
 
罪悪感がテーマの作品です。
「罪を犯した」と帯に書いてありますが主人公は犯罪をしているわけではないので「取り返しのつかない失敗をした」が正確な内容です。小林さんの作品はどれも人物の心理描写が非常にリアルに描かれているのですが、本作でも罪悪感を抱えながら生きている姿の描写が非常に上手い。こんな心の状態でよく生活が出来るなぁ…と思いながら読んでいました。
帯の背表紙側には上記の主人公の行動が許されるかをアンケートした結果が書いてあり、許されないが45%にもなっていたのは驚きました。思えば今年のコロナ騒動の中で不適切な行動をして世間から痛烈なバッシングを浴びた方がニュースでも何度かありましたが、もしかしたらそういったキッカケから作られた作品なのかも、などと考えていました。
 
せっかくなので上記のアンケートについて考えてみました。私は許す側となります。
私の場合、自身の大切なものに被害を受けないのであれば大抵のことは許します。冷たい言い方ですが自分と関わりのないものに一々感情を向ける気はありません。現代は世の中のあらゆる出来事が情報として入ってくるので、それらに毎回心を動かされていては疲れてしまいます。そういった点から会ったこともない人の事件に心を痛めている方々の心情は理解できません。
その代わりに大切なものを攻撃されたときは誰であろうと許しません、最悪私が殺してでも止めます。それらが無くなってしまうことに比べたら私が犯罪者になるのは安い代償です。
 
本作は過ちを犯さない人はいないという言葉が多く出てきます。
人間誰しも失敗すると昔から言われているのに誹謗中傷が後を絶たないのはなぜか考えてみると、ここでいう「失敗」は「人々が共感できる失敗」を指しているからです。つまり主人公がしてしまった失敗は「共感できない失敗」だったためバッシングされたと言えます。
例えば数日前から飯塚幸三の事件の裁判が始まりましたが、彼に対してのバッシングが多いのは彼の社会的立場、行動、言動などすべての面において共感できる人がいないからです。通例どおりなら世間に逆らって「そうだ、車が悪い」と擁護する集団が出てくるはずなのですが、その気配すらないのは誰から見ても弁解の余地がないからでしょう。
仕事などの失敗なら「自分も同じ失敗をするかも」と共感できるのですが、事件レベルの出来事になるとそんな状況にそもそも遭遇しないので想像することすら出来ないのです。なので「同じ状況になったらあなたは失敗しないのか」というありがちな反論をされても「そんな状況には普通ならない」と言われて議論すらできないのは仕方ないことです。
 
小林さんの作品は読むとつい色々なことを考えてしまいますが、そういった点も含め本作もいい作品だと思います。

折原一 倒錯のロンド

折原一 「倒錯のロンド」
古い作品を読んでみようと思い立ち折原さんの作品を選んでみました。

 

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ある男性が推理小説の新人賞に応募するための作品を執筆していた。難航しつつも自信作を完成させたが、友人に預けた原稿が他人に持っていかれてしまう。再度書き直すも何者かによって友人は殺害され自身も襲撃されてしまい、受賞発表には別の人物の作品として掲載されていた。作品を盗んだことへの復讐をし始める、というお話。
 
初版1989年なので30年以上も前のミステリー作品となります。
傑作と言われているのも頷ける質の高さでした。特に随所にある仕掛けの巧妙さはほかの作家さんと比較しても別格です。これをデビューして数年で書いているのは驚きでした。かつて傑作と言われた作品を読んだ時に「当時は斬新だっただけでは?」と思うことがこれまで何度かあったのですがこちらは問題なく楽しめました。
ただ、理解するのが難解なので気を張って読まないと話に置いて行かれそうです。手軽に読みたいときに手にしてしまうと何がなんだか分からないまま終わってしまいそうに見えました。
 
ミステリー好きな方にはぜひおススメです。

櫛木理宇 死んでもいい

櫛木理宇 「死んでもいい」
櫛木さんの一番新しい作品を読んでみました。
 

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ミステリーの短編集となります。
歪な関係の男子生徒二人、ママ友、閉鎖的な田舎、ネグレクトなど、読んでみると各章が最近の社会的な問題をテーマにしているように私には見えました。短編集なので一つ一つはそれほど深い内容にはなっていませんが、心理描写も上手くてミステリーとしてもまとまっています。手軽に少しずつ読み進められるので時間があまり取れないときでも楽しめる作品です。
 
章の一つに他人の物や恋人を奪う癖がある女性が出てきます。「誰かが持っているということは良さが保証されているから」というのが彼女の言い分でした。
行為は許されませんが、考え方は面白い。どれが良いものか分からない状態から探すよりも早いのは確かです。自分の好みに合うか分からないのに?と私も含め疑問を持つ方は多いと思いますが、自分の好みやこだわりが分からないという人は結構いるようです。見たところそういった方々は「自分の嫌いなもの」はよく把握しています。そういった方々は「誰かが持っているもの」や「レビュー評価が高いもの」をとりあえず選んで「悪いもの」を避けるのだろう、と思い至りました。
 
作中にて「今までの生きてきて楽しいことなんて一度もなかった」と言うホステスに男性が惹かれるシーンがありました。
「私が幸せにする!」と男性が奮起するきっかけとして使われていたのですが、よく考えると暗い未来しか待ってない気がしました。この重いセリフは初対面では言わないと思うので、「今まで」の中にはそれまでその人と一緒に過ごした時間も全部楽しくないと言っていることになります。ということは仮に結婚などをして一緒になっても楽しくないのは変わらないということです。
私がもし現実で聞いたら「面倒臭い人だな」で一蹴するでしょうが、本書によるとこういった不幸や堕落のオーラに惹かれる人は一定数いるそうです。その主な理由は家庭環境だと書かれていたことから、周りからいくら警告しても直らないのも頷けます。
 
櫛木さんの短編集は初めてでしたが良い作品でした

宇佐美まこと 夜の声を聴く

宇佐美まこと 「夜の声を聴く」
連休中にもう一冊読み終えることが出来ました。宇佐美さんの最新作を買ってみました。
 

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主人公の少年は公園で目の前にいた女性が自分の手首を切るところを目の当たりにする。それまで引きこもりだった少年は彼女に惹かれて同じ定時制の高校へ通うようになる。そこで出会ったクラスメイトがアルバイトをしている便利屋で手伝いを始める。奇妙な依頼が持ち込まれて調査すると別の事件とつながっていることが判明する、というお話。
 
こちらはミステリー小説となります。
内容は便利屋に持ち込まれる依頼ごとに分かれた短編集のようになっていて、終盤でそれらがつながって一つの大きなミステリーになっているというものです。それぞれの伏線の繋がり方は非常に上手くてミステリーとしての質が高いです。序盤の方ではどう話を進めていくのか想像できなかったのですが、読み終えてみるとちゃんと繋がった長編になっていて面白いです。
本作には主要人物のトラウマについて描かれている場面が多くあります。暗い過去を持っている登場人物が多く登場するとことからか各々の嫌な記憶と結びつく物事に直面する場面が描かれています。そういった境遇の方々がどう生きていくかというのも一つのテーマとして書いていらっしゃるのかなと感じました。
 
作中にて主人公はIQ130越えだったのに発達障害により協調性に欠けていたために学校で孤立したことを教育機関からのネグレクトと表現していました。
発達障害の子を適切に扱えないことをネグレクトと表現するのは驚きました。つまり著者は教育機関から虐待されていると言いたいと解釈できます。教師を嫌っている私から見てもこの物言いはさすがに教育機関が不憫だと思います。
まず発達障害だから孤立するわけではないということ。学校は団体行動を学ぶ場でもあるので、その和を乱す行動をする人が孤立するのは至極当然です。これは健常者であっても同じことなので障害とは関係ありません。よってそういった場に参加するための準備を怠った結果であって、教育機関のネグレクトと表現するのは適切ではない。進歩によって昔は分からなかった障害が多く発見され始めましたが、だからといって許されないことをしても見逃してもらえるわけではないことは子供のうちからでも教育するべきことだと思います。
もう一つはすべての教育機関にそれを期待するべきではないということ。はっきり言うと健常者の子でも適切に対応できていない今の状態で発達障害の子を対応するのはまず不可能です。対策を講じるとしても生徒の比率からして健常者への対策が優先されるのは明らかです。という点から健常者が多数を占める学校に発達障害の子を入れようとするのがそもそも間違いです。そういった対策が万全な私立学校や本書のように定時制に通わせるなどをした方が本人にとっても良い学校生活になると私は思っています。
 
久しぶりに宇佐美さんの本を読みましたが、やはり面白いです。

まさきとしか あの日、君は何をした

まさきとしか 「あの日、君は何をした」
まさきさんの作品で一番新しいものになります。
 

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ある母親は息子を事故で失くしてしまう。夜中に出かけたときに殺人事件の犯人と間違われたことが原因であったが、息子が非行少年のように世間で取り扱われているのが納得できず家の外でどんな生活をしていたか探り始める。
そこから15年後、殺害されたある女性と不倫関係にあった男性が行方不明となる。息子はそんな人間ではないと母親が行方を探し始める。似た行動をする二人の母親の心情を描きながら事件の真相を追うというお話。
 
家族愛をテーマにしたミステリー小説です。
家族愛と表現していますが描いているのは歪んだ母親から息子への愛なので全体的におぞましい雰囲気になっています。またメインになる母親が二人おり、保護者としての母親と姑としての母親と違う立場の狂気に近いような心情が上手く描かれています。私はリアルな心理描写が読めて楽しむことが出来ましたが、息子を持つ母親の方が読んでみたらどういった感想をお持ちになるのかは気になるところです。
ミステリーとして見ても話しの繋げ方が上手いです。他の作品では話を面白くするために添えてある程度だったこともあったのですが本作は上手いと感じる部分も多く驚く展開もありました。
 
作中では思い込んだままを確認せずに行動をどんどん起こしていく人物が描かれています。事実を知ってしまうのが怖いから確認せずに自分に都合のいい考えだけで行動していると説明されていました。
事実を確認しようとしない人を見るたびに不思議でしょうがなかったのですが、本書を読んでみたら納得しました。おそらく大半の事例では事実が見えてないかのように振舞っているだけで本人はとうに知っているのでしょう。
私が思うに上記とは別にもう一つ事実を確認しないパターンがあると思っていて、確認しないことで話のネタにできるというのがあります。これにありがちなのは「〇〇さんに嫌われている」という相談(愚痴?)です。そんなのさっさと本人に確認しなよ、と思うのですが「今度はこんなことされた」という会話のネタとして何度も使えるために本人も解決する気はさらさらないようです。たぶんですがそういった形でしかコミュニケーションが出来ないからだろうと思っています。このコミュニケーションだとネガティブなネタをいつまでも引っ張ことになるので私は好きじゃない。
 
作中にて「~~な目にあったことのないあなたには分からない」という言い回しが何度か出てきます。
この言い方をされると「じゃぁ、分かる人に話せば」と冷たくあしらいたくなります。理解出来なくとも理解しようとする姿勢を持つのは大事ですが、この言い方は理解しようとする人を拒否する物言いとなります。それなら自分で同じ経験をした人を探して吐き出せばいい、と私は思うのでこれを言われたら絶縁しますね。
私の見た限り「理解できない=嫌い」と考えている人が結構いるようです。これは想像ですが共感を強く求めるタイプの人は理解と好き嫌いがほぼ同等なのだと思います。私の意見では理解と好き嫌いは別の次元なので「理解できないけど嫌いではない」は変じゃないと思っています。今は多様性の時代なので自分の理解の範疇を超えた人などいくらでも出てくるので、いちいち理解し切ろうとしたら疲れてしまいます。
 
この作品は心理描写部分だけでなくミステリーとしても面白いのでおススメです。

染井為人 震える天秤

染井為人 「震える天秤」
染井さんの作品で割と新しめのものを読んでみました。

 

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コンビニに高齢者がトラックで突っ込み店長が死亡する事故が起きた。主人公の記者は高齢者ドライバーに関する記事を書くために取材を進めると、加害者は認知症ではなく故意に事故を起こした可能性が浮上する。加害者の村を訪ねても人々はその可能性に対して過剰なまでの反発をし、事故に見せたい理由があると確信する。不自然な事故の真相を探るというお話。
 
こちらはミステリー小説となります。
はじめに概要を見たとき高齢者の認知症をテーマにした作品かと思ったのですが、読み進めてみると田舎の閉鎖社会の不気味さがメインとなっていました。読み進めていくと展開が二転三転していき、「これどこに着地させる気だろう?」と心配になるほどでしたが、ちゃんと綺麗に話がまとまっていました。染井さんの作品はこういったところが上手いなと常々思います。
中盤くらいまでは主人公も高齢者ドライバーの記事を書くために取材しているので、この問題にどう向き合うべきなのかという話も出てきます。メインではありませんがこういった社会問題の面も書かれていてためになる内容もあります。
 
事故を起こした老人が自分の行動を覚えていない、というのは嘘ではないかと疑っているシーンがありました。
日ごろの生活の中でも「実は忘れたフリではないか?」と疑いたくなる場面は度々あります。嘘かどうか見抜く方法の一つに記憶の粒度を見るのが良いです。その人が無意識に記憶する習慣となっている情報が突然抜け落ちることは普通ありません。よって特に理由もなく記憶の粒度が変わっている場合は覚えているけど言いたくない事情があるのだと判断して良いでしょう。
私が一番見かける例でお酒を飲むと何を言ったか忘れてしまうと自称する人がありますが、もし同じ場で「自分が言われたこと」はきっちり覚えていたら、同じ言葉の情報で記憶に差があるため前述の宣言は嘘の可能性が高いです。専門家ではないので明確に根拠があるわけではありませんが、今までの経験上これは正しいと思っています。
 
染井さんの作品は面白いものが多いので気になる方は読んでみてください。