花の本棚

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久坂部羊 砂の宮殿

久坂部羊 「砂の宮殿」
久坂部さんの新しめの作品を読んでみました。

 



 
主人公の外科医は海外の富裕層をターゲットにしたクリニックを経営していた。優秀な仲間とともに高額ながらも最先端のがん治療を順調に続けていた。あるときクリニックの立ち上げで懇意にしてくれた顧問医師が理不尽な要求を突き付けてくる。一同はみな彼のことを疎ましく思っていたところ、その後クリニックの最寄駅で彼は倒れ死亡する。死んでくれて都合が良いとみな内心喜んでいたのだが、彼の体に不自然な注射痕が見つかり殺害された疑いが生じ始める、というお話。
 
高額医療をテーマにした医療系ミステリーの作品となります。
「高額なのだから最先端治療で治る確率は高いだろう」という妄信する患者や「高額なのだから命が助かって当然」と考え失敗を許さない患者などを相手としているため通常の医療系ミステリーとは違った世界観があります。患者の考えも様々ですが、医者たちの高額医療に対する考え方も様々であることから色々なことが生じていくシーンもあって読んでいて面白いところでした。
本作には副題として助かる見込みがない患者に事実を伝えるべきか?希望を持たせるべきか?というものがあります。主人公は過去の経験から患者には嘘をついてでも希望を持たせるべきと主張しているのですが、それをめぐって周囲と衝突したりするシーンがいくつかあってこちらも見所になります。
 
作中では高額の医療費が払える人だけが助かることを「経済格差と命の格差」と呼んで問題視していました。私としてはこの「経済格差と命の格差」は大した問題ではないと考えています。
理由は今の社会では高額を払ってでも病気を治したいと望む人がほとんどいないからです。現代社会はダイバーシティの広まりによって病気を持っている人が好待遇を受けられるようになっています。そのことからその好待遇を手放してまで健康になろうという奇特な社会人はまずいません。少なくとも私は自身の会社においては一人も見たことがありません。よって仮に現在金銭面の理由で一般人では受けられない治療が保険などでできるようになったとしても、実際に治療に臨む人はほとんどいないでしょうから解決したところでそれほど恩恵がないと言えるでしょう。これは社会制度による病人のフォロー体制が先に整ったから医療制度の改善の効果が薄くなっただけなので特に悪い事ではありません。
つまりかつては「経済格差と命の格差」も大きな問題だったのでしょうけど現代では「高額を払ってでも健康を手にしたい」に該当するのは社会に属していない高齢者や富裕層、そして子どもだけとなりフォーカスがとても狭い問題になっています。とはいえその狭いフォーカスに子供が入っているので、ここだけは真剣に取り組むべきだと思います。
 
面白いものが多い久坂部さんの医療系作品ですが、こちらも面白いので気になる方はチェックしてみてください。