花の本棚

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逸木裕 虹を待つ彼女

逸木裕 「虹を待つ彼女」
以前読んだ「祝祭の子」が面白かったので逸木さんの別の作品を読んでみました。

 



 
主人公は人工知能の研究者。ユーザとの会話から学習して人間のようにコミュニケーションが取れるアプリをリリースしていたが、あるとき死者を人工知能で再現して会話できるようにするプロジェクトを持ち掛けられる。試作品としてかつて自殺し現在でもディープなファンが少なからずいるゲームクリエイターの女性を再現することとなったため、彼女がどんな人間であったか調査を始める。調査を進めるにつれて彼自身が彼女に惹かれ始め、失った想い人を蘇らせるような感覚が生じ始めていた。
調査を進めていくと彼女のかつての恋人や「雨」という名の親しい人物が浮かび上がってくるが、一方で彼女の調査を止めるように警告する脅迫文が届き始める、というお話。
 
人工知能を題材としたミステリー風恋愛小説となります。
ミステリーと恋愛どちらがメインか迷ったのですが、脅迫者が誰で目的な何か?を解き明かすよりも恋した人の人工知能の完成を最優先していることからおそらく恋愛小説の方がメインだと思います。
上で書いたように自分が作る人工知能の対象に恋をするという内容なので普通の作品とは恋愛描写がだいぶ異なっています。人付き合いを軽蔑してきた主人公が人工知能を通して初めて生身の人間に恋をした、というものなのでその心理描写は歪な感じがありながらも上手く書かれていて面白いです。
ミステリーの部分は人工知能を作るにあたって彼女のことをもっと知るために解き明かしているという流れです。謎についてもそこまで深いものではないので推理したりする必要はなく物語を楽しむための要素として読むと良いでしょう。
人工知能そのものに関する話はミステリーや社会問題などのきっかけのための題材なのでそこまで深く理解する必要はありません。人工知能ってこんな感じだ、と読んで楽しむくらいでOKです。
 
作中で実際の恋人とお付き合いするのだったら人工知能と付き合った方が合理的だろうと主人公が言うシーンがありました。作中の描写によると人間の心の内は分からないのにそれを汲み取りながら付き合うのは効率が悪いとのことです。一方でその話を聞いていた相手は分からない部分があるからこそ人付き合いは楽しいと言っています。
私としては後者の意見に賛成です。まだ明らかになっていない部分があるからこそ予想外のリアクションで笑いが起きたり、面白い考えが飛び出したりするものだと思っています。自分が後者の側なので前者のような方々の気持ちは想像するしかないですが、こうなんじゃないかなという仮説が一つ出てきたのでお話ししましょう。
一言でいうと分からない物事をやった結果、貴重な時間をつまらないことで消費するリスクを避けたいのでしょう。どれだけ出来た人間性を持つ人であってもその日の機嫌や体調などでいつでも相手を慮れるわけではありません。なので楽しい話題を振っても素っ気ない返事だったり、構ってくれなかったりとリアクションに波があるのが人間です。失礼な言い方をすると気持ちよくなろうとせっかく時間とネタを作っても波が合わなかったら気持ちよさは得られずそれらは無駄になってしまいます。一方で人工知能であればそういった仕組みが敢えて入っていない限りは常に気持ちいいリアクションが得られるでしょう。
良い結果が得られなかった時でもそこから学びがあるという考えは正しいのですが、それをする余裕もないくらい切羽詰まっている方々からすると結果が保証されていることしかやりたくなくなってしまうのかもしれませんね。
 
本作の本筋とは外れることですが一つ気になる描写がありました。本作の主人公は人と話すときに相手を煽るような発言をよくしていました。私の職種の業界でも煽るような言動をする人が多く、未だに嫌いです。本作ではそういった人間性の主人公だったのでその内面が描かれており、少し理解が進んだのでそれを書いてみます。
端的に結論から言うと、煽る言動はプライドが高い人が自分では物事を進められないときに使うものです。本作の描写を読んで分かったことを順に書くと、まず煽る言動をするきっかけは「相手に何かして欲しいことがある」でした。これだけなら普通にお願いすればいいだけなのですが、そこにさらに「それを相手に悟られてはいけない」が追加されると依頼ではなく煽りを使うことになります。これは依頼だと相手が自分より上になってしまい屈辱だからです。依頼する程度で屈辱を感じるのですから、尋常でないプライドの高さを持った人なのでしょう。
私の職場経験ですと煽る言動をする人は全員男性で、全員私よりも年上かつ職場の立ち位置が上で、全員プライドが異様に高い人でした。そして強烈に煽られた時の状況を思い出してみると、その人が何かするわけではなく実際にアクションするのは私という状況でした。ということで上記の私の結論は十中八九正しいと見ています、ここまで綺麗に揃うとは思ってなかったので正直驚いています。
以上のことから煽ってくる人との関係はすべて捨てて問題ないと結論付けました。煽ってくる人の心のうちがどうなっているかは長年の謎の一つだったので解明できて良かったです。
 
かなり毛色が特殊な内容ですが、作品自体は面白いので気になる方は読んでみてください。