花の本棚

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小川哲 ユートロニカのこちら側

小川哲 「ユートロニカのこちら側」
あらすじを読んで面白そうだったので買ってみました。

 



 
ある大企業により巨大な都市が建設された。そこは視覚などの五感や位置情報などすべての個人情報を企業に提供する代わりに何も不自由のない豊かな生活を保証してもらえるという都市であった。労働や金銭問題といったストレスから解放されることを夢見て常に移住希望者が殺到する状態であったが、一方で常に監視されていることによって異常をきたす住民も少なくなかったことからこの都市に異議を申し立てる人々もいた、というお話。
 
個人情報をテーマにしたSF作品となります。
もし自分の個人情報を渡すことで利益が得られるようになったら人々はどのようなに動き始めるか、が非常にリアルに描かれていて面白い。名簿など他人の個人情報を売ってお金にする人がいるとテレビで度々注意喚起されていますが、では自分の個人情報を売れるとしたらどうなるか?と考えてみると現実にあったら結構な人たちが提供し始めそうな気がします。
SF世界の設定もかなり練り込まれていてSF作品としても面白いところがたくさんありました。個人情報にはグレードが設定されているので、グレードが上げようとすると全員同じような生活になっていく不気味な世界が出来上がる、というような現実にないSFなのにそうなりそうだと妙に納得感のある世界となっています。
 
本作では個人情報を集めることでこんなことができますよ、という発明がいくつか出てきました。本当に作られたら面白いだろうな、というものがあったので紹介しましょう。
一つ目は過去を疑似体験できるVRタイムマシンです。
これは過去のある時間、その地域にいた全員の個人情報を統合してVR空間を作ることでまるでその時間にタイムスリップしたかのように降り立つことができるという発明でした。これは誕生したら非常に喜ばれそうな発明だと思います。というのも作中で描かれていた使い方が非常に上手くて、登場人物が家出するきっかけとなった父親との喧嘩別れの時点に降り立って自分が家を出てしまった後父親が何をしていたか見るために使っていました。こういった自分が起こした行動によって周りがどう動いたか、何を感じたかを確認できるというのは非常に需要が高いだろうと思います。例えば会社にこのシステムがあれば自分の提案がどう見られていたか、それによってどんな影響があったのかをフィードバックできるようになれば人材育成や人事評価に役立つと思います。
 
二つ目は悪意を検出するシステムです。
悪意を持たずに生きている人の個人情報と照合することで悪意を持ったあるいは持ちそうな人間を検出、リストアップすることで犯罪が起こる前に取り押さえると紹介されていました。これも誕生したら非常に面白いと思います。警察は事件が起きて被害者が出てからでないと動いてくれないという問題点は色んな作品で言われていて、それを解決する方法としてこれほど適切なものは無いでしょう。
また裁判でも殺意があったか、や計画性があったか?といった視点で刑罰の重さを争っています。精神鑑定という信憑性の疑わしいものを使うよりも正確で無慈悲に判定が下されるので非常に助かるでしょう。
 
SF系の作品が好きな方はぜひチェックしてみてください。