花の本棚

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小林由香 イノセンス

小林由香 「イノセンス
小林さんの新刊が出ていたので買ってみました。
 

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主人公の学生はかつて暴漢に襲われているところを助けてくれた男性を見捨てて逃げてしまった。その結果男性は死亡し、見捨てた彼は被害者にも関わらず世間から誹謗中傷を受けることになる。月日が経ち大学に入学し、バイト先などで親しくしてくれる人物がいても当時の罪悪感からまともに接することが出来なくなっていた。一方でかつての事件の加害者が次々と死亡していることを知り、次は自分なのではと怯えながら生活することとなる、というお話。
 
罪悪感がテーマの作品です。
「罪を犯した」と帯に書いてありますが主人公は犯罪をしているわけではないので「取り返しのつかない失敗をした」が正確な内容です。小林さんの作品はどれも人物の心理描写が非常にリアルに描かれているのですが、本作でも罪悪感を抱えながら生きている姿の描写が非常に上手い。こんな心の状態でよく生活が出来るなぁ…と思いながら読んでいました。
帯の背表紙側には上記の主人公の行動が許されるかをアンケートした結果が書いてあり、許されないが45%にもなっていたのは驚きました。思えば今年のコロナ騒動の中で不適切な行動をして世間から痛烈なバッシングを浴びた方がニュースでも何度かありましたが、もしかしたらそういったキッカケから作られた作品なのかも、などと考えていました。
 
せっかくなので上記のアンケートについて考えてみました。私は許す側となります。
私の場合、自身の大切なものに被害を受けないのであれば大抵のことは許します。冷たい言い方ですが自分と関わりのないものに一々感情を向ける気はありません。現代は世の中のあらゆる出来事が情報として入ってくるので、それらに毎回心を動かされていては疲れてしまいます。そういった点から会ったこともない人の事件に心を痛めている方々の心情は理解できません。
その代わりに大切なものを攻撃されたときは誰であろうと許しません、最悪私が殺してでも止めます。それらが無くなってしまうことに比べたら私が犯罪者になるのは安い代償です。
 
本作は過ちを犯さない人はいないという言葉が多く出てきます。
人間誰しも失敗すると昔から言われているのに誹謗中傷が後を絶たないのはなぜか考えてみると、ここでいう「失敗」は「人々が共感できる失敗」を指しているからです。つまり主人公がしてしまった失敗は「共感できない失敗」だったためバッシングされたと言えます。
例えば数日前から飯塚幸三の事件の裁判が始まりましたが、彼に対してのバッシングが多いのは彼の社会的立場、行動、言動などすべての面において共感できる人がいないからです。通例どおりなら世間に逆らって「そうだ、車が悪い」と擁護する集団が出てくるはずなのですが、その気配すらないのは誰から見ても弁解の余地がないからでしょう。
仕事などの失敗なら「自分も同じ失敗をするかも」と共感できるのですが、事件レベルの出来事になるとそんな状況にそもそも遭遇しないので想像することすら出来ないのです。なので「同じ状況になったらあなたは失敗しないのか」というありがちな反論をされても「そんな状況には普通ならない」と言われて議論すらできないのは仕方ないことです。
 
小林さんの作品は読むとつい色々なことを考えてしまいますが、そういった点も含め本作もいい作品だと思います。