新名智 「虚魚」
以前読んだ「あさとほ」が面白かったので新名さんの別の作品を読んでみました。
主人公の怪談師の女性は体験したら人が死ぬ怪談を探していた。両親が亡くなった事故を起こした男性をその怪談を使って殺害したいという歪んだ目的のためにそういった怪談を探し、もし見つかったら同居する女性に体験させて死亡するか確認させようとしている。
あるとき釣りあげた人が後に死亡する魚にまつわる怪談の情報を得て、真相を探るために二人で現地にやってきた。現地にある川の上流が怪談の発生源であると判明したため調査を進めていくと、この怪談は本物なのではないかと思える出来事が起こり始める、というお話。
ホラーテイストのミステリー作品となります。本自体の紹介ではホラー作品となっていたのですが、内容から見るとホラーの部分は少なめでした。
登場人物たちが死者の出る怪談を追いかけている理由が、本物を見つけてしまったことでその心情とともに変化が表れ始める、という心情の変化の描写が非常に上手いのが本作の見所となります。
また本作では怪談にまつわることが色々と書かれています。世間に広まっている怪談話がどのように誕生して伝わるのか。歴史的に怪談話がどのように扱われているのかなど、なかなか触れることのない分野の話が書かれていたのでためになりました。
ミステリーとしてみると怪談の真相は推理しようがないので、それぞれの登場人物たちがなぜ怪談を追いかけているのか、の部分がミステリー要素となります。これについては伏線が色んなところに散りばめられていて、つなぎ方も上手いので読んでいて面白いため、こちらも本作の見所になるかと思います。
上記のような内容なのでホラー部分は終盤以外にはそれほど描写がありませんでした。その前に読んだ「あさとほ」もそうでしたが、ホラーに関連する題材を使用しているだけでそれ自体を深く描いていません。なのでホラーを期待して読むのはお薦めしません。
作中にて怪談のスポットが人気の理由の一つに、危険な場所で平気だったり悪ふざけができたりすると強くなった気分になるからと書かれていました。さらっと解説されていた部分だったのですが、私は妙に納得してしまいました。
最近、芸術作品を汚す活動家のニュースが時々流れてきますがこれの一種なのでしょう。他の作品でそういった「他の人が躊躇して出来ないことを平然とやってのけてマウントを取る」という承認欲求のための行為が問題になっていると指摘されていたので現代社会ではトレンドな問題と言えるでしょう。過激行為を動画投稿して広めるのが現代ではあり、昔の時代では心霊スポットの肝試しがその役割だったのだろうと考えています。
上記のことで一つ思うのが、社会人が「他の人が躊躇して出来ないことを平然とやってのけてマウントを取る」を満たしたくなったらどうするのだろうか?という点です。過激行為を動画投稿なんてしたら懲戒になるので別の行為だろう、と考えていたら私の職場にて一つ思い当たるものがありました。それは「忖度しない物言いをする」です。端的に言うと「上司にも部下に物怖じせず無遠慮に発言できて、それでいて周囲から認められている」のがマウントになるということです。半沢直樹みたいなドラマが流行ったのもこういった背景によるのかもしれませんね。
ただ最近は立場の上下関係なしに話をしましょうというのがトレンドなので、私としてはこれも以前ほどマウントが取れる行為ではなくなっていると見ています。現代のトレンドを踏まえると、「子育てや病気の人に忖度せず発言する」をする人がマウントの頂点に立つでしょう。「忖度しない物言いが良い」という風潮である私の職場ですらこれを実践している人はいません。「自分がその立場になったらどうするの?」というリスクを跳ねのけてこれができたら、まさに剛の者と言えるでしょう。
ホラーは控えめですが内容としては面白いので、気になる方はチェックしてみてください。