花の本棚

読んだ本の感想や考えたことを書いています

久坂部羊 老乱

久坂部羊 「老乱」
新刊が昨年末に出ていたようなので買ってきました。

 


年老いた義父を持つごく普通の夫婦がいた。あるとき義父が柵を乗り越えて線路に侵入しているところを保護されたと警察から連絡される。認知症の兆候なのではと妻は疑うが夫は楽観視してあまり相手にしない。一方義父の方は認知症になって子供たちに迷惑をかけないように努力しているにも関わらずボケていないか試してくる息子の嫁に対して嫌悪感と懐疑心を抱き始める。夫婦が義父に対して認知症が改善するよう努めているのとは裏腹に、義父は問題行動を次々と起こすようになる。徐々に苦しくなっていく夫婦と衰えていく自身に絶望していく義父の心情を書いたお話です。

本書のテーマは認知症です。今の日本での認知症に関する事柄をリアルに書いています。著者が在宅医療に詳しい医者であることから考えて信憑性が高い内容だと思います。また実際に新聞に掲載された認知症絡みの事件やエピソードも紹介されていることから既に認知症の問題は大きくなっていると言えます。これもそうですが久下部羊の作品は多くが問題作と言われています、がリアルに書いた結果問題作になっているだけなので私は気に入ってます。

認知症がここまで社会問題になった原因の一つに平均寿命が伸びたことが挙げられていました。本来なら死ぬ時期にあるはずの肉体が無理に生き延びているために脳が先に衰えてしまうと本書では言われています。体が元気なま認知症になった場合、残念なことですが介護する側には金銭面、精神面、肉体面に膨大な負担がかかります。だったら寝たきりだったり死んでくれた方が楽だという意見もあるくらいです。「認知症にやさしく」という呼びかけをして地域全体で働きかけようとしている場所もあるらしいのですが、他人から見たら厄介者としか見えないのは変えられないでしょう。

これから先若者が減って高齢者が増えることを考えると、介護施設数が高齢者の数に追い付かずに自宅介護を余儀なくされるケースがおそらく増えます。近年は家族よりも個人の幸福が優先される傾向にあるので、自身の生活を犠牲にしてまで家族の面倒を見たくないという人は多いです。ということは自宅介護を配偶者や子供がしてくるかはどれだけ感謝されることをしてきたかにかかってきます。家族間の仲が悪くて面倒を見るのを拒否する人が増え、放り出された高齢者が町中に徘徊するのをチラホラ見かけるような未来が来そうな気がします。

認知症と向き合う上で重要なことは「認知症を治そうとしないこと」があるそうです。理由は簡単で、治らないからです。治そうと働きかけることで被介護者の方が自分の状態が相手に受け入れられてないと察知してネガティブな思考となって症状が悪化するとか。なので今の状態を受け入れてあげることで気持ちが上向きになり、問題行動も減るようです。認知症患者は何をされたかは忘れてしますが、そのとき生じた感情はしっかり覚えていると言われています。なので一人の人間として尊厳を守りながら接することが大切となります。言うのは簡単ですがいざやってみるとなると思い通りにいかなくてイライラをぶつけたりしてしまいそうですね。

これは一読の価値がある一冊です。ここに書ききれないくらい多くの問題などを本書の中では投げかけてくれています。
親のこともありますが今は若年性認知症というのもあるので自身にも降りかかる可能性だってあります。私自身も将認知症と向き合う時が来るので、この本に書いてあったことは覚えておきたいです。