花の本棚

読んだ本の感想や考えたことを書いています

岡本好貴 帆船軍艦の殺人

岡本好貴 「帆船軍艦の殺人」
2023年の鮎川哲也賞の作品を読んでみました。受賞作が出たのは2年ぶりだそうです。
鮎川賞はミステリー作品の新人賞という位置づけとなりますので毎回期待しながら読ませてもらっています。

 



 
舞台は十八世紀末の英国。主人公の男性は英国海軍の強制徴募により連行され軍艦の水兵見習いにさせられてしまう。家族のもとにはもう帰れないと絶望しながら艦上で生活していると、真夜中の見張りをしている中で真横にいた水兵が何者かに殺害されてしまう。灯も無い強風の中だったため犯行について何も見聞き出来なかったが、人が近づいてくる気配すら感じないのはおかしいとされ艦内で噂される亡霊の仕業だと言われ始める。艦内に殺人者がいるという状況は不安と混乱を招くため上官たちが犯人を捜索しはじめる、というお話。
 
艦上をクローズド設定に見立てたミステリー作品となります。
上記の舞台設定が活かされた内容となっていて面白い。水兵がどんな生活や訓練をしているかを説明、描写している中に実は犯行の伏線が隠れていたりします。真相とこれらの伏線とのつなぎ方が非常に上手いというのが本作の見所になるでしょう。
ただし舞台が十八世紀末ということもあって当時の艦体がどうなっているかを想像しづらいので自力で推理するのは難易度が高いです。なので推理するよりも作品の内容を楽しむ方に注力した方が良いかなと思います。
 
作中にて主人公より先輩の水兵も強制連行で連れてこられているのを知って、絶望の中に小さな希望を見出して無理にでも笑っていることを悟るというシーンがありました。ブラック企業から抜け出せない社会人みたいだなとも思ったのですが、こういった考え方や行動は重要だと私は思っています。
自分が入った場所が劣悪だったり、ずっと居たところが何かの拍子に劣悪になったりすることは時々あります。そうなったときに絶望して何もしないでいても変わらないので、そのときどう行動するかは訓練しておいた方が良いでしょう。現代社会では「逃げるのは恥じゃない」がトレンドなので即離脱ももちろんありでしょうし、逃げ出せない事情があるなら上記のように「無理にでも笑う」のも対策として有効でしょう。どれが正解かは決まっていないので、自分が納得できる行動をとれるかどうかです。
私自身はそういうときどうしているか振り返ってみると、一番効果が高い機を見計らって反撃することが多いですね。例えばかつて先輩に「邪魔だから君とは一緒に仕事したくない」と言われたことがありました。その場でパワハラだと訴えても良かったのですが当時の私は本当に仕事の出来が悪かったので一旦は流しました。その後職場で自分のポジションが確保できて、当の先輩が加齢によって勢いが衰え周囲に頼り始めたのを見計らって「あなたとは一緒に仕事したくありません」と何年か越しに同じセリフを返上したという流れになりました。
何度も同じネタで反撃するのはネチネチしていてやりたくないので、こんな感じで一番良いときに一発だけ反撃するというスタイルを取っています。このやり方だといつか弾切れになると思っていたのですが、不思議なことに反撃ネタのストックは溜まっていく一方なんですよね。
 
今後が楽しみな作家さんですので、気になる方はチェックしてみてください。

柄刀一 或るスペイン岬の謎

柄刀一 「或るスペイン岬の謎」
あらすじを読んで面白そうだったので買ってみました。
 


主人公の男性は恩人の娘と日本を旅していた。訪れたのは美術大学の学園祭で、毎年その大学では学生たちが趣向を凝らした方法で自分の芸術を表現することで有名であった。そんな中で大学教授が密室状態の室内で殺害され、その部屋は家具の配置、遺体が着る服装などがすべて前後左右逆になっているという現場自体が芸術パフォーマンスのようになっていた。
現場の状況では犯人は脱出不可能と判断されそうになるが、彼はこうした不可解な事件を解決するプロであり、密室の謎を解くこととなるというお話。
 
密室の謎を解くミステリー短編集となります。上に書いたあらすじは第一章のお話です。
各章でそれぞれ密室現場が登場し、どうすれば密室が破れるかを推理するという流れなので、推理物というよりは謎解きゲームのような作風になっていますなのでこうすれば密室が作れる、目撃証言の現象が再現できる、という多少強引な閃きで謎を解く感覚で楽しむと良いでしょう。難しく感じるかもしれませんがどういった方向性で考えると解けるかを、可能性を検討しているていで主人公が読者に説明してくれるので親切な作りになっているのも良い点だと思います。
真相の内容も強引すぎて白けるようなものはなく、面白い発想のトリックが色々と出てきます。それだったら出来るかもしれない、という納得感もあるのでこちらも見所になるでしょう。
 
作中にて芸術は未来に自分の魂を残す行為だという話がありました。時代が変わることで評価が上下し移り変わるのが芸術品の定めなので、それらにさらされる覚悟が必要とのことです。
この考え方は面白いですし、私自身も心当たりがあります。「出版当時はもてはやされただろうけど、今となっては到底通じず面白くない」と過去の名著を評したことが何度かあります。こういった感じで時代が進んだり、それを皮切りに同様の作品が現れたことで名作が駄作に変わったりしてしまうケースはどの業界にもある話でしょう。そういった移り変わりにさらされるのも芸術を生み出せる人の特権だと考えると、私の知り合いのイラストを描いている方とかはやっぱり尊敬するなと思います。
私が書いている書評も1から全部自分で書いているので、広い意味で捉えると文学作品になるのかもしれませんね。そう考えると、その当時はこの評価、考え方は自分の中で正しいと覚悟を持って書いていたのは間違いないかなと思います。しかし正直に言うと「当時は面白いって言ったけど、今思い返すとつまんない作品だったかも」とか「この考え方は今思うと無茶苦茶だな」という内容がチラホラあります。これらも当時の自分がどんな状態だったか知る材料になるので、これはこれで面白いものが残せていると前向きに考えておくことにします。
 
謎解きに挑戦してみたいという方は楽しめると思うので、気になる方はチェックしてみてください。

方丈貴恵 時空旅行者の砂時計

方丈貴恵 「時空旅行者の砂時計」
以前読んだ「アミュレット・ホテル」が面白かったので方丈さんの別の作品を読んでみました。
 


主人公の男性は入院していた妻の様態が悪化して瀕死の状態にあった。その原因は彼女の祖先から続く「呪い」にあり、その発端である連続殺人事件を解明して彼女を救ってみないかとタイムトラベルの案内人から持ち掛けられる。妻を救うためにタイムトラベルで当時の事件現場の屋敷にやってきたが、降り立つところを一族の孫娘に見られてしまう。仕方なく未来から来たことと目的を話し、彼女の計らいで一族の者たちに不審に思われながらも屋敷を調査させてもらえることとなる。
しかし、屋敷で起きるのは未来を知っている彼ですら防ぐことが出来ないほどの不可能殺人であった、というお話。
 
タイムトラベルを題材にしたSF系ミステリーとなります。
現実にないタイムトラベルが出てくるのでSF系としましたが、その設定はかなり現実的なものとなっているのが面白い。もし本当に現実世界にタイムトラベルが可能となったとしたらこういった仕組みになり、こういった制約があるだろうというのが丁寧に作られています。
そしてそれらを使ったミステリー部分は非常に面白いです。「アミュレット・ホテル」でもそうでしたが方丈さんの作品は設定した舞台の使い方が上手いようです。その代わりSF設定の部分を理解しておかないとミステリー部分の面白さが減ってしまうので、難しい説明ではないのでちゃんと理解して読み進めた方が良いでしょう。
 
作中にて一族の当主が懐中時計を一族全員に渡しており、それには小まめに竜頭を巻くように家族を維持するために自分から手間をかけることを願っての物だという話が出てきました。この考え方には賛同できる、特に「自分から手間をかける」と言っている点が重要だと思っています。
家族に限らず、職場や友達の集まりなど何かしらの集団や場を維持するためのアクションがあります。そのアクションの起点が実は集団の中にいる1,2人しかやっていない状態だと非常にマズい。気配りや声かけがマメなある人がいなくなった途端に雰囲気が一気に悪くなった、というのを私も会社の職場で見たことがあります。ということがあるので自分にとって大事な集団があったら維持するためのアクションは率先してやるようにするのが良いでしょう。ちなみに維持のためのアクションを軽んじる発言や行動をすると大惨事になりやすいので気を付けましょう。「トイレットペーパー変えなかったくらいでそんなに怒るなよ(笑)」と言った先にどんな地獄が待っているかは、経験がある方もいるのではないでしょうか。
現在接点のある場で維持のためのアクションを自分が出来ているかというと、私も出来ていないです。起点にならない分アクションが見えたら反応は迅速にしよう、くらいは考えていますが急に爪弾きにされても文句は言わないという気構えではいます。
 
SF設定の使い方が面白いので、気になる方はチェックしてみてください。