花の本棚

読んだ本の感想や考えたことを書いています

長江俊和 出版禁止

長江俊和 「出版禁止」
出版禁止シリーズの最初の作品を読んでみました。

 

f:id:flower_bookmark:20220226155119j:plain



 
あるライターの書いた原稿。その内容はドキュメンタリー作家とその愛人が心中し、愛人だけが生き残った事件について本人にインタビューしたというものであった。不倫の末の愛による心中と当時は見なされたが、取材を進めるうちに作家の方には恨まれる理由があること、彼女が作家に近づいた経緯を話したがらないなど不審な点が多くあり彼女が殺害を請け負ったのではとライターは疑い始める、というお話。
 
出版禁止シリーズの第一作目で心中をテーマにしたミステリー作品となります。
こちらは2作目の「いやしの村滞在記」に近くてミステリーとして面白い部分が多い。心中事件の真相はどうなっているのか、真相を知ってライターはどうしたのかが巧妙に隠されています。こちらも最後まで読んだ後に再読することで伏線が見えるようになるので時間があるようでしたら再読までしてみると良いです。
本作では心中についても多くの解説や描写があります。心中は負の愛情表現の最高位にあるため、劇の題材になるほど昔から多くの人を惹き付けてきたという解説などミステリーとは別の点でも読んでいて面白い部分がありました。
 
本作は心中についての解説や描写が多くあったのですが、その中で心中は負の愛情表現の最高位とする描写がありました。「負の愛情表現」という言い方を私も本作で初めて目にしました。端的に言うとパートナーとの愛を苦しいことを我慢して実施してくれるかで確かめることを指します。そう考えると愛のために死を選ぶのは負の愛情表現の最高位に間違いなくなるでしょう。
負の愛情表現には他にどんな行為があるか考えてみると「真夜中に電話しても対応してくれる」「お金を貢いでくれる」「不倫と分かっていても一緒にいてくれる」といった行動が分類されるでしょう。並べてみて気付きましたが、負の愛情表現は我慢を伴うためか語尾に「くれる」が付きやすいようです。もしかしたら現在トレンドである「ありのままの自分を受け入れてくれる」も負の愛情表現に入るかもしれません。以前別の作品で「不幸や堕落のオーラに惹かれる人は一定数いる」という話があったのですが、それは負の愛情表現に惹かれる人たちなのだろうと思い至りました。
負と正どちらの愛情表現を求めるかは価値観の問題なので善し悪しで語るつもりはありません。ですがそれは家庭環境で決まるので他人が働きかけて直したり出来るものでないのは間違いないでしょう。
 
これで出版禁止シリーズ三作を読み終えました。
ミステリーとして大変良い作品ですのでおススメです。

城山真一 看守の流儀

城山真一 「看守の流儀」
あらすじを見て題材が珍しかったので読んでみました。

 

f:id:flower_bookmark:20220220112242j:plain



 
主人公たちは刑務所に勤める刑務官。行動が制限されている刑務所では受刑者同士や看守との人間関係が更生度合いに影響すると言っても良い環境であった。受刑者のケアをどうしていくべきなのかを悩みつつ日々の勤務をしている中で、まるで魔法を使うかのように受刑者たちの懐に入り込み問題を解決する刑務官がいた。
受刑者を巡った騒動が発生し解決していく、というお話
 
刑務所を題材にしたミステリー短編集です。
犯罪をしたという理由から命を軽く扱われやすい受刑者たちを更生させて生活に戻すためにはどうすればいいか、を常に悩む刑務官の姿は読んでいて惹き付けられるものがありました。受刑者やその関係者が入所のきっかけになった事件をどう思っているか描いた心理描写も非常に上手くて読んでいて面白い部分でした。
またミステリーとしての方も質が高く出来ています。行動制限の厳しい刑務所でミステリーになるネタがあるのだろうかと気になって読み始めたのですが、受刑者とその関係者の心理状態や伏線の回収の仕方といった部分がかなり上手いです。最後の章では全章通して登場する刑務官の正体が明らかになるという展開もあるので最後まで楽しく読めました。
刑務所の内部事情についても色々と描かれています。刑務官が刑務所内でどういったことをしているか、所内の制度がどうなっているのかなど知らなかったことが多くあったのでためになりました。
 
本作では受刑者のケアが行き届いていない現状を問題視する描写が多くありました。命を軽く扱われやすい、刑務所内で死亡したときに引き取りを拒否されて骨を廃棄処分しているなど扱いが酷い描写を読みました。
読んだ上で考えてみたのですが、どの問題を読んでもだったら犯罪しなければいいだけなのではという考えに行き着いてしまいました。なぜそうなってしまうのか考えてみると、私の人生の中に犯罪行為や犯罪者と接点がなかったからだろうと推測されます。陰湿なパワハラや集金したお金を掠め取るといったせこい悪事であれば見たことがありますが、刑務所行きになる行為をした人は私の知り合いにはまだいません。つまり犯罪をせずに生きている人が当たり前で犯罪者を更生してまで生かしておく必要性を感じない生活をしていることになります。これがもし友人の中に犯罪行為をしないと日々の生活が成り立たない人が何人もいるような生活をしていたら犯罪者に対する考え方が変わっていたのかもしれない、という考えに至りました。
それと私がよく言われる「一度も苦労したことがなさそうな顔」というのはもしかしたら「犯罪行為と無縁な顔」という意味だったのかなと思い至りました。そう考えると今までこれを言ってきた人々は裏で犯罪者と関わっている人たちだったのかもしれませんね。
 
一風変わったミステリー短編集なので題材が気になるという方はぜひ読んでみてください。

矢樹純 妻は忘れない

矢樹純 「妻は忘れない」
矢樹さんの作品で気になるものを見つけたので読んでみました。
 

f:id:flower_bookmark:20220211153614j:plain


家庭の秘密をテーマに描いた短編集です。
家族の一人が秘密を抱えており、それが元で不穏な出来事が起き始めその真相を母親が探るというのが各章の流れとなっています。
以前読んだ同著者の「夫の骨」とテーマ、雰囲気が似ていますが、本作は秘密がありつつも消えない家族の絆にフォーカスが当たっています。家庭が崩壊するかもという雰囲気で進みながらも事の真相が明らかになるとそこには家族の絆が見えるように描かれていて読んでいて面白いです。つまり「夫の骨」とは各章の終わり方が暗いか、明るいかで違います。
また各章にミステリー要素があります。伏線が上手く隠されていて各章の最後に展開がガラッと変わるのでこちらも面白い部分だと思います。推理が好きな方であれば真相を自分で予想しても良いでしょう。
 
短編でありながら各章の質が高いのでおススメです。