花の本棚

読んだ本の感想や考えたことを書いています

朝井リョウ 正欲

朝井リョウ 「正欲」
気になっていた朝井さんの新刊を読んでみました。
 

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異性を欲求の対象に出来ずに悩む人々がいる。そういった欲求を世間では「変態」「犯罪者予備軍」とみなすために話すことが出来ず、「多様性」という言葉がいかに浅い思想であるかを感じていた。そういった人々が世間からの拒絶に絶望して「明日死なない」ために絆を求めて苦しみながらも生きている、と言うお話。
 
性的欲求をテーマにした作品です。タイトルの「正欲」は世間的に正しいと認識されている欲求を指しています。
世間でLGBTの受け入れに関する話題が多くありますが、それらよりも更に奇異として見られる欲求を持つ人々について描かれています。多様性と言われ始めて随分と経ちますが、自身の持っている特異な欲求を口に出すと「変態」と扱われてしまい少しも生きやすくなっていない人々がいる、という生々しい描写が多く書かれています。本書に出てくるのはほんの一例ですが、こんな心情を常に抱えて生きている人たちがいることを知れたのは良かったと思います。
欲求以外にも学校に行かないYouTuberの話、男女の性差別の話など最新のトレンドについても言及している部分があるので読んでいてためになることが多くありました。
 
本書は色々な問題について描いていたので考えたことが沢山ありますが、全部書くと長いのでいくつかピックアップして書きます。
作中に書かれているような特異な欲求を持つ人々が受け入れられる時代が来るのか?と投げかけている場面が多くありました。そこで気になったのが「受け入れられる」が具体的にどんな状況を指すのかが人によって違いすぎるのが一つ問題だと感じました。
例えば私だと「自分に迷惑がかからなければ問題ない」という考えですが、これが「受け入れ」とみなすかが受け手によって差があります。極端な例を出すと「今まで虐げられた分の優遇をする」や「自分を受け入れない人を糾弾して良い」までしないと受け入れたと見なさない人もいます。「受け入れる」の基準が分からない状態で対策をするのはかなり労力がかかるので、それだったら全員まとめて「変態」として拒否する方が効率が良い、となるのはトレードオフ的には正しい選択だと思います。
自分たちの苦しみを声に上げるのは良いと思います。ですが「受け入れる」の姿をハッキリさせないことには先に進まないだろう、と思っています。
 
作中でも語られていましたが、最近学校に行かないYoutuberが話題になっています。学校に行く普通の人々は愚か、という論調が前面に出ていますがその考えでいくと非常に苦しいと思います。
というのも学校に行かずに成功した人々たちもどこかで普通の人々の支えを受けているはずだからです。Youtuberで言えば動画の企画、作成、チェック、方々との交渉、などYoutuberの内情を知らない私でもこれだけ他人と関わる部分が思いつきます。これらの人の中に学校へ行った人がいたらどうするのでしょうか、自分の身内だから愚かじゃないと信念が揺らぐのであれば考えが甘い。
そう考えるとこういった特定の属性の人々を見下す姿勢で注目を集めていると、次々対象属性を変えて注目を集め続けることになって味方にできる人々がどんどん減っていくので長くは続かないと私は考えています。見下すことで多くの辛い経験を打ち消そうとしているのだと思うのですが、一時的な逃げや快楽のために軽率なことをするべきではない。「学校に行っている人」と主語が大きくなっていますが、本人が愚かだと言い渡したい相手は「自分を虐げた人」でありもっと狭い範囲のはずです。
 
今の社会問題のトレンドがおさえられているので読めばきっとためになる作品です。

遠田潤子 あの日のあなた

遠田潤子 「あの日のあなた」
遠田さんの作品であらすじを読んでみて面白そうだったものを読んでみました。

 

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主人公の大学生は交通事故で唯一の肉親である父を亡くした。父からの遺言状にはあらゆる弔い事を禁じると書かれていることに驚き、書斎の遺品整理をしていると母子手帳が見つかる。そこには自分と母とは違う女性の名前が書かれており、自分の名は別の女性が死産した子のものと気付く。自分が死産した子の代役であることにショックを受け、誰から見ても理想的であった父に不信感を持ち始める。母子手帳の持ち主である女性のことを調べ、父が何を隠していたかを探るというお話。
 
家庭環境をテーマにした作品です。
主人公が絵に描いたような恵まれた家庭で育ったために周囲からは羨ましがられるが、当人には苦痛になっているという描写が多く書かれています。私自身も恵まれた環境で育った自覚があるため主人公の心情には共感するものがありました。またその対比として主人公の友人や前妻は崩壊した家庭で育ったとして書かれています。家庭環境は考え方や価値観に対して非常に重要と言われていますがこうも違ってくるのだなと改めて思いました。
自分の出生や前妻に関することなどミステリーとしても楽しめるようになっています。最後まで読むと細かい部分までちゃんとつながるので書き方が上手いです。
 
家庭環境について以前から一つ気になっていることがあります。それは恵まれた環境で育った人を蔑むことはあっても、崩壊した家庭の人に対しては蔑みがないのはなぜかという点です。例えば、私が良く言われる「一度も苦労したことがなさそうな顔」がありますがその対比である「ろくでもない家庭で育った顔をしている」が言われている場面を見たことがありません。同じ家庭環境ネタなのに片側だけが言われるのはなぜだろう?と常々疑問に思っていました。
考えてみた結果出てきたのは、恵まれた環境で育った人は強い感情を出さないから揉め事になりづらい、という仮説です。他人と衝突する原因の一つに「自分を分かってもらいたい」「嫌わないでほしい」といった感情があります。普通であれば怒ったり悲しんだりして相手の考えを少しでも正そうとするのでしょうが、私はそもそも他人に期待していないので他人に自分を分かってもらおうという姿勢がありません。この「分かってもらおうしない」がお高く留まって周囲を見下しているように見える、と考えるとあり得そうな説だと思います。本書の主人公と私でサンプル2つしかなくて心許ないですが…。
その反対である家庭がちゃんとしていない人は強い感情を出し揉め事が起きやすいのか?については自分の家庭しか分からないので確認は取れていません。
 
作品自体も面白く、ためになる事が多く書かれていたのでおススメです。

阿津川辰海 透明人間は密室に潜む

阿津川辰海 「透明人間は密室に潜む 」
阿津川さんの短編集があったので読んでみました。

 

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4つの短編ミステリーを収録した作品です。
どの章も短編でありながらもミステリーとして上手く作られている印象でした。阿津川さんというと「紅蓮館の殺人」や「蒼海館の殺人」といった長編ミステリーの評価が高いので短編だとどうなのか?と思い手に取りましたがとても楽しめました。
タイトルになっているのは第一章で透明人間が人間社会に共存している世界のお話になっています。読んでみると透明人間の設定がちゃんと作りこまれています。他の章もそうでしたが短編では雑になりがちな舞台設定をしっかりしていてすごいと思いました
 
短編集なので短い時間でサクッと読みたいときにおススメです。