花の本棚

読んだ本の感想や考えたことを書いています

染井為人 正義の申し子

染井為人 「正義の申し子」
あらすじが面白そうだったので読んでみました。
 

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Youtuberをしている男性が悪徳請求業者に電話をかけておちょくる実況配信をして人気を集めていた。現実では家族からも疎まれる引きこもりだが、自身を正義の申し子と称して嫌いな自分を打ち消そうとしていた。
一方でYoutuberにおちょくられる動画が世界に配信されたことに憤慨した悪徳請求業者の男性は相手のYoutuberを探し出そうとしていた、というお話
 
動画配信をテーマにしたエンターテイメント系の作品となっています。
今まで読んできた染井さんの作品は重めのテーマを扱っていることが多かったのですが、本作はYoutuberを主人公としているためか全体的に雰囲気が明るく楽しいものとなっています。特に難しいことを考える必要がないため、エンタメ系のドラマを見ているような感じで気軽にサクっと読めます。
 
本作では匿名で人を笑ったり攻撃したりすることについて取り上げている場面が多くありました。一昔前では「ネット上に自身の情報を出してはいけない」がネチケットとして浸透していましたが、今では逆転してしまっているが何だか不思議ではあります。
私は今の会社にてアンケートで意見を募ったことが何度もあるのですが、匿名アンケートでないとデータになるほど数が揃わない傾向にあります。逆に匿名にすると会議室で話を聞いた時の大人しさとは一転して強気かつ長い意見が山のように出てきます。去年あったアンケート収集では「匿名でアンケートを取り有望な意見があったらその人特定して詳しく聞いてほしい」という訳の分からない収集方法を依頼されたこともあるので、上記を感じているのは私だけではないようです。匿名の場でないと意見を言えない人の心理は分かりませんが、対面では何も言わないのにネット上だけ強気になる人を「指先だけの人」と私は呼んでいます。
 
軽い作品でありながら内容はしっかりしているので気軽に読みたいときにおススメです

千田理緒 五色の殺人者

千田理緒 「五色の殺人者」
鮎川哲也賞を受賞した作品ということで読んでみました。

 

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高齢者介護施設にて殺人事件が発生した。現場から去る男性を目撃した5人の高齢者たちはそれぞれ男性の服の色を証言しているが、全員が違う色を証言している。その施設で働くミステリ好きの女性介護士は犯人の最有力候補の男性に思いを寄せる同僚から事件の解明を依頼される、というお話。
 
第30回鮎川哲也賞のミステリー作品です。
この賞は中長編ミステリの新人賞にあたるものなので知名度はまだないけど優れた作家さんを探すためにときどき読んでいます。
受賞作品なだけありミステリーとして非常に面白いです。提示された謎の真相までのロジック、解き明かし方どちらも質が高いです。一番の目玉である「なぜ目撃された服の色がみんな違うのか?」の真相を知ったときは感心してしまいました。一点気を付けたいのは、自力で推理して解こうとするには詳しい知識が必要な場面があります。解き明かすことを楽しみたい方はその点を考慮しておいた方が良いでしょう。
ストーリーに関してはかなりライトな雰囲気になっているので取っつきやすいです。深い一貫したテーマを持った作品というわけではないので手軽に読むことが出来ます。
 
ちょっとした閑話休題
皆さん本の帯に書いてある他の作家さんのコメントを気にしていますか?本作の帯には賞の審査員をした作家の方々の名前と称賛コメントが書いてありました。
私は本選びをするときにはそれらを特に見ていません。ですが感触が良くなかった作品にあたって帯に自分の苦手な作家さんの称賛コメントがあるのに気づくと「なるほど、だからかな」と納得することがあります。
 
今後の活躍にも期待したい作家さんでした。

垣谷美雨 七十歳死亡法案、可決

垣谷美雨 「七十歳死亡法案、可決」
以前この作品が紹介されているのを見かけて読んでみました。

 

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高齢者が多くなりすぎたために日本政府は財政難を脱却するために七十歳になったら安楽死させる法案を可決させた。長年義母の介護をしていた主婦は介護生活に終わりが見えて喜んでいた。しかし世間では法案への反対意見が多くあるために廃案に向けての動きが見え始める。法案があるものとして過ごしていたために家庭内の関係が悪化し、いつ終わるか分からない介護に戻ることに主婦は絶望する。法案は果たして施行されるのか?というお話。
 
現代の日本が抱える問題をSF風に描いた社会問題系の作品です。
あらすじから少子高齢化がテーマかと思ったのですが読んでみると現代の様々な問題を扱っています。老後が70歳までしかないなら家族よりも自分を優先して好きなことしたい、この先に希望を持てず死にたい若者にも安楽死を提供してほしい、などといった問題についても描かれているため読んでいてためになります。こういった法案が仮にできたとして、本当に良い方向に世の中は進むのだろうか?と色々な想像を膨らませて考えることもできますので良いきっかけになると思います。
一点気になるのはラストの展開で、かなり強引にハッピーエンドに持っていった印象です。それまでに描写していた問題たちをかなり雑に片づけて終わらせているので煮え切らない感じが残ってしまいました。
 
作中では国の財政難のために70歳で安楽死する法律が出来たとされていました。現実でこういった法律が出来た、もしくは作る動きになったとき世間は賛同するのか?というのは気になるところです。考えてみたのですが、そこに属する人々がどれだけ目の敵にされているかにかかってくると思います。実例として、海外のある地域でコロナウィルスのことを「ブーマーリムーバー」と呼び歓迎する動きがあったといいます。このようにその属性の人から嫌な目にあわされた人が多くいると排除する動きが出てきたときに賛同へ傾く気がします。あくまで世論の賛同なので算出された数値や妥当性よりも感情論で賛同率は決まるでしょう。
日本の場合、おじいちゃんおばあちゃんに親しみがある人が多いので財政難のために高齢者を犠牲にする動きはあまり賛同を得られないと思っています。逆に目の敵にしている人が多そうな属性を考えると生活保護かなと思っています。犯罪者関連の費用あたりも有力でしょうか。
私個人としては高齢者を切り捨てるのは反対です。今まで出会った高齢の方々は素敵な方が多かったので作中のような形でいなくなって欲しくないです。仮にどの属性の人たちだったら切り捨てを賛同できるか、と考えたら就職氷河期世代の人たちを選びます。私の経験談として攻撃されたエピソードを時々書いていますが、それらを含め私の人生で邪魔になった人たちの9割は就職氷河期世代の人たちです。異様なまでに傲慢だったり、卑屈だったり、攻撃的だったりと人格が強く歪んでいる人と出会ったときに年代を確認するとほぼこの世代の人だったので接するときに最も警戒すべき年代だと思っています。以前政府が打ち出した就職氷河期世代の支援を打ち出していましたが、それが無しになったとしてもこの世代はいなくていいから構わないとしか思いません。
 
作中にて高齢者介護をしている女性が「世話をされている本人が一番つらい」と言われる場面があります。こういった苦労競争が大嫌いなのは何度かお話していますが、もう一つ嫌いな理由をお話します。この発言は事実を言っているだけで何の進展にもならない無価値な発言だという点です。
何かを解決するためのきっかけや分析に使うのが事実です。社会人の方なら想像できると思いますが、事実に対して自分なりの意見や仮説、アプローチ手段などを付け足して初めて価値が出ます。誰も気づいていない新事実でない限り事実だけ投げつけて逃げる人は卑怯者でしかありません。特に上記のようにアクションを強要しているのに自主的なアクションとして起こさせようとする人は卑怯者の極みなので即刻縁を切るべきです。
 
こういった問題にこれからもしくはすでに直面している方にとっては色々なことを考えるキッカケとして良い作品だと思います。